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連載春日太一の木曜邦画劇場

失態を犯す丈吉の情けなさの一方で内田朝雄、市原悦子の姿が際立つ――春日太一の木曜邦画劇場

『無宿人御子神の丈吉 川風に過去は流れた』

2024/01/23
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1972年(80分)/東宝/2750円(税込)

 前回に引き続き、年末に待望のDVD化となった原田芳雄主演の時代劇『無宿人御子神の丈吉』シリーズを取り上げる。今回は二作目『川風に過去は流れた』だ。

 前作からの流れで、妻子をヤクザたちに惨殺された丈吉(原田)が、無宿人として関八州を旅して回りながら復讐を果たさんとする展開は同じだ。ただ、丈吉への印象は前作に比べて異なる部分がある。前作の丈吉は、寡黙なニヒルさの奥にヒリヒリするような暴力性を感じさせており、そんなキャラクター設定が原田にピッタリ。陰を負ったヒロイックな人物としてとにかくカッコよく映し出されていた。

 ところが、本作ではカッコいいだけの存在ではないのだ。

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 たとえば物語の冒頭。仇の一人である開雲の長五郎(井上昭文)が潮来(いたこ)にいることを知った丈吉は、それが関八州の親分たちの集まった花会の場であるにもかかわらず襲撃してドスを抜いてしまう。そのためにボコボコにリンチされた挙句、川に捨てられる。

 まだある。潮来で命の危機に瀕した際に救ってくれた大親分・韮崎の重三郎(内田朝雄)の娘・お雪(中野良子)が家出をする。丈吉は彼女を韮崎まで送り届ける役割を任されるのだが、またもや仇の国定忠治(峰岸徹)が近くにいると知るや、忠治に気をとられ、お雪から目を離してしまうのだ。そのために、お雪は命を落としてしまう。

 本作の丈吉は、仇の存在を認識したら我を見失ってしまうという設定が加わっているのだ。失態を犯しては、仇や刺客に嘲笑される始末。

 それだけでも十分に情けないのだが、その度に御礼や謝罪で頭を下げる。この時の縮こまった姿が、情けなさに拍車をかけている。ただ、屈辱が大きければ大きい程、それを晴らした時のカタルシスもまた大きくなる。最終的に丈吉は長五郎を討ち果たすのだが、川の中で長五郎を血まみれにして沈めた時の背後に広がる青空は、一作目とは比べものにならない爽快さだった。

 丈吉が情けない一方、脇役陣の凜々しさが際立つ。中でも内田朝雄が見事。丈吉が娘を死に至らしめたにもかかわらず、重三郎は仇の居場所を教える。その際の感情を抑えた静謐な横顔など、時代劇やヤクザ映画の悪役を演じる際の狡猾な姿とは全く異なる、大人物ぶりを見せつけていた。

 丈吉と意気投合する宿場女郎を演じる市原悦子も抜群だ。互いになじりあいながらも気持ちを通い合わせる芝居は圧巻。「夕べ、いい夢を見たんだ。誰にも壊されたくないよ」という翌朝のセリフだけで、直接的な場面はなくとも二人がどれだけ幸福な交わりを果たしたのかが伝わった。

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