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《大震災と原発事故を乗り越えて》相馬市の“ご当地醬油”が、どん底から品評会で日本一に輝くまで

《大震災と原発事故を乗り越えて》相馬市の“ご当地醬油”が、どん底から品評会で日本一に輝くまで

日本一に輝いた福島醤油#2

2024/02/07

genre : ライフ, 社会

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 2021年と2022年に2度も連続して震度6強を記録した福島県沖地震。福島県相馬市の山形屋商店では、醤油や味噌を醸造していた蔵が全壊した。だが、2023年の全国醤油品評会では「別上(べつじょう)」というこいくち醤油が最高賞の農林水産大臣賞に輝く。ただ、別上は極めて特殊な醤油だった。相馬市でも港町でしか使われてこなかった超ローカルなご当地醤油だったのである。そんな醤油が日本一に選ばれた秘密は何だったのか(#1から続く)。

2年連続の大臣賞に選ばれた後、「浜の駅松川浦」では「別上」や「うすくち」の特設売り場が設営された(福島県相馬市)©葉上太郎

◆ ◆ ◆

主力商品のこいくちと別上の違い

 1863年に創業した山形屋商店は2023年、開店から160周年を迎えた。しかし、いつごろから別上を造っていたか、なぜ港町だけで売ってきたのかは不明だ。5代目店主の渡辺和夫さん(54)も「私が蔵に入った時には既にありました。そもそも『別上』が何を意味するのかも分かりません。『特別な上級』ということなのかなと想像するぐらいで」と首をひねる。

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 味は港町の好みに仕上がっている。

「漁師や、魚料理が自慢の料理店、旅館など顧客の声を聞きながら変えてきたので、そうなったのです。例えば、しょっぱいと言われることがありました。別上の塩分が高かったわけではありません。大手メーカーが料亭向けに醸造している醤油と同じレベルです。でも、潮風に吹かれて暮らし、船上で食事をする漁師は、食べ物に甘さを求めます。疲れた体には甘さが必要なのでしょうね。全国的にも港町の醤油は甘い傾向があります」と渡辺さんは言う。

松川浦では海苔の栽培が盛んだ(福島県相馬市)©葉上太郎

 では、同じこいくちでも主力商品と別上ではどう違うのか。主力商品は伝統的な「本醸造」であるのに対して、別上はアミノ酸液を加えて火入れをする「混合」という製造法だ。

 混合醤油は戦中や戦後の物不足だった時代に広まったが、現在は意味合いが違う。大手メーカーが本醸造に回帰して「旨味」を重視する造りをしている一方で、中小の醤油蔵は特徴の出しやすい混合を「地域の味」として造り続けている。

煮つけや海鮮丼など、幅広い料理に活用される

 渡辺さんは「混合醤油は郷土料理にも使われることから、地域の食文化の一部になっています」と解説する。

 別上で渡辺さんが追求しているのは、塩味、甘味、旨味のバランスだ。「大手は旨味で勝負していて、私達のような小さな蔵はかないません。だからトータルな美味しさを感じてもらおうと努力しているのです。このため、主力のこいくちより、香りや味が穏やかに仕上がっています」と語る。

 こうしたバランスの良さが、「万能」(渡辺さん)というほど広い用途に結びついてきた。