この夏、全国高校野球の甲子園大会で仙台育英高(宮城県)が東北勢として初優勝し、真紅の優勝旗が白河の関(福島県白河市)を越えた。
今年、白河の関を越えたのはこれだけではない。
本場・関西を打ち破り東北の蔵が成し遂げた快挙
毎年行われる全国醤油品評会(日本醤油協会主催)で、山形屋商店(福島県相馬市)の製品が最高賞の農林水産大臣賞に輝いた。醤油には「こいくち」「うすくち」などの種類があるが、同商店が受賞したのは「うすくち」。「うすくち」は関西が本場で、北海道・東北勢で大臣賞を受賞した醤油蔵はこれまでにない。それが第49回目の品評会にして初めて全国制覇を成し遂げたのである。
しかも、山形屋商店は2022年3月16日の福島県沖地震で全壊した醤油蔵だ。東日本大震災から相次いだ災害で再建への力が尽き、「これが店を閉じる前の最後の挑戦になるかもしれない」と出品した醤油だった。「奇跡が起きた」。店主の渡辺和夫さん(52)は頬を紅潮させる。
山形屋商店の被災については、福島県沖地震の発災から4カ月が経過した7月、「消えかかる“全国指折りの名品”の行方」という記事で紹介したが、発災時のことを改めて振り返っておきたい。
あの夜、3月16日の午後11時半過ぎ、福島県沖を震源とするM(マグニチュード)7.4の地震が起きた。
福島県相馬市では最初、震度5弱の揺れだった。
「ああ、家が倒壊する。人生は終わった」
夜明け前に作業を始める渡辺さんは、既に熟睡していた。江戸時代の創業で5代目。「店主自ら造るべし」という家訓に従い、毎朝暗いうちに蔵へ出る。家族を起こさないよう、敷地内の平屋に1人で寝ていた。
「あっ、地震だ」。揺れに目を覚ます。だが、2011年3月11日の東日本大震災以降、余震続きだった相馬の人々は、地震に慣れっこになっていた。
渡辺さんは「大きいな」と思ったものの、外に逃げ出すほどではないと判断した。
が、それから約2分後、いきなり突き上げられた。激しく横に揺さぶられて、柱がぐねぐねと曲がるのが見えた。と、同時に電気が切れて暗闇になる。「ああ、家が倒壊する。人生は終わった」。渡辺さんは観念した。もう外に逃げ出せるような状態ではなかった。
この揺れの最大震度は6強。相馬市など福島県と宮城県で観測され、3人が亡くなった。
揺れが収まると、いつも身につけている懐中電灯で周囲を照らした。
倒れないようにしていたはずの茶だんすは倒壊。障子がことごとくビリビリに破れていた。地震が起きた時のためにと枕元に置いてあったスリッパを履き、倒れた物を乗り越えて外に出る。家は歪んでいたが、なんとか原型を保っていた。