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≪白河の関を越えたのは甲子園だけじゃない≫福島県沖地震を乗り越え、ボロボロになった醤油蔵が起こした奇跡

2022/10/01
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家族の安否を確かめると…

 家族の安否を確かめると、店の2階で寝ていた義母が下りられなくなっていた。階段が外れてしまったので、抱えるようにして助け出す。隣の自宅にいた妻と娘2人は無事だった。その後、一家5人は停電した自宅の2階でラジオを聞きながら、まんじりともしないで夜を明かした。

 激しい余震が続き、寝ていられたものではなかったのだ。津波警報も出ていた。

 相馬は漁師町だ。山形屋商店のある中心部は海から離れている。だが、東日本大震災による津波では市内で457人が犠牲になった。港には得意先や知り合いが多く、津波は他人事ではなかった。

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 明るくなって店へ下りると、商品が散乱して足の踏み場もない状態だった。驚いたことに、ショーケースが入口のサッシ戸を突き破り、表の道路に飛び出していた。

「深夜の発生だったのが不幸中の幸いでした。もし通行人やお客さんがいたら、大ケガをさせていたところでした。店番の家族もただでは済まなかったでしょう」。あの時のことを思うと、渡辺さんは今でも肝が冷える。

 四つある蔵は惨憺(さんたん)たる状態だった。

かつて使っていた木桶。地震で傾いたままになっている。その奥は崩れた石蔵の壁(山形屋商店)©葉上太郎

屋根を伝って浸入した水は集まり、ジョロジョロと音を立てた

 材料を入れていた石蔵は、入口の扉が吹き飛び、一部の石が崩落するなどして、倒壊寸前になっていた。

 機械などを入れていた土蔵は、壁がどっさり落ちて入口を塞いでいた。

 外壁が崩落して、空が丸見えになった場所もあった。地割れは至るところにできており、製造ラインはパイプが破断するなどして、大破していた。

壁が落ち、空が見えていた箇所は応急処置がしてあった(山形屋商店)©葉上太郎

 雨が降ると、どこから雨が漏るのか、屋外にいるのと変わらないほどの滴りが落ちる。屋根を伝って浸入した水は集まり、水道のようにジョロジョロと音を立てた。

 市の罹災調査で山形屋商店は「全壊」とされた。

 渡辺さんは途方に暮れた。これでは醸造が続けられないからだ。

 そもそも全壊した蔵を再建するだけの資金がなかった。

 東日本大震災が起きてからというもの、相馬市は災害続きだった。震災でかつてないほど破壊されたのに、2019年には2度の豪雨災害が発生して、山形屋商店も浸水した。2021年2月13日には、今回と同じように福島県沖を震源とする地震が発生し、震度6強の揺れに見舞われた。そして今年3月16日にはまた震度6強の地震に襲われた。