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「中国問題に口出しするな」と露骨なけん制も…元オーストラリア大使が見た「戦狼外交の実態」

『中国「戦狼外交」と闘う』

2024/03/04

source : 文春新書

genre : ニュース, 国際, 中国

note

 翻って地震被害は中国にもある。2008年に四川省で発生した大地震のいたましい惨禍とその際の日本始め国際社会の支援は記憶に新しいところだ。

 かつて「日中友好」を繰り返しお経のように唱えていた中国政府であれば、そうした日本の事情に対する温かい理解と他国に率先したモラル・サポートを期待してもよさそうなものだ。しかしながら、極めて残念なことには、事態は全く正反対のベクトルで動いてきた。

 東北だけではなく、日本全国の飲食店やホテルなどに寄せられてきた中国からの心ない嫌がらせ電話が一例だ。だが、問題はそれだけではない。日本事情と日本人の心情に最も通じている筈の日本に駐在する中国の外交官自らが先頭に立って処理水放出を取り上げ、悪しざまに批判を重ねているのである。何たることだろう。

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 典型例は、大阪総領事の薛剣だ。

「日中友好」は遠くなりにけり

 2023年8月10日には関西プレスクラブで講演し、処理水放出に関して、「本当に安全ならなぜ飲用水や灌漑水に使わないのか」とまで述べて批判したのである。のみならず、7月に公表され、処理水の放出は「国際的な安全基準に合致する」としたIAEAの包括報告書にも噛みついた。薛は「報告書は海洋放出の許可証ではない」とし、「もし安全でないなら全人類の健康を脅かす」とまで滔々と論じたのである。

 誰しもが、世界各地で膨大な数の罹患者、死者を出すこととなったSARSやコロナの発生地を覚えている。そうした大抵の日本人にとっては、まさに噴飯物の主張だ。神経を逆なですると言っても過言ではないだろう。

「そのお言葉。熨斗をつけて貴方にお返しします」と言いたくなるのが人情だ。

 事態の異様さは、日本との関係を重んじるべき立場、そして日本の事情や立場について本国関係者の理解を促進し、日中関係の摩擦要因を取り除くよう努力すべき立場にいる大阪の中国総領事が先頭に立って挑発的な批判を展開していることだ。外交官の立ち居振る舞いとしてこれを異様と言わずして何を異様と言うのだろうか?

 外交官が任国との関係を気にかけることなく、本国の方ばかりを見て「これだけやっています。これだけ言っています」と声を振り絞るかのように喧伝して回る醜態。これが戦狼外交のまごうかたない一断面なのだ。「日中友好」は遠くなりにけり、の感慨を禁じ得ない。

中国「戦狼外交」と闘う (文春新書 1444)

中国「戦狼外交」と闘う (文春新書 1444)

山上 信吾

文藝春秋

2024年2月16日 発売

「中国問題に口出しするな」と露骨なけん制も…元オーストラリア大使が見た「戦狼外交の実態」

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