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連載明治事件史

“日本一の美人”に選ばれる→中学を強制退学→すぐに結婚…当時14歳の少女がたどった「数奇な運命」とは

「美人写真コンテスト」事件#2

2024/03/31
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 「良家に嫁ぐ道がふさがってしまう」「生徒間の嫉妬が」

 松本部長、佐野学監を訪ねて意見を聞いたが、両氏とも目下この件についてははっきりした答えができないという。松本部長は「私は個人として誠に気の毒に思っている。実際見世物にされるようなものですからね。あるいは、このために将来良家に片付く(嫁ぐ)道がふさがってしまうかもしれない」とした。

 

 考えがうかがえる気がする。ヒロ子が日本一の美人として新聞紙上に現れて以来、同校生徒の間には妬んでヒロ子をいろいろからかう者もいるという。ヒロ子は今学期で及第すれば、小倉市長である実父・末弘直方氏の元に行くはず。

 

時事新報に載った「末弘ヒロ子其後の撮影」。美人日本一に選ばれた後で撮ったものか

 学習院女学部の部長・松本源太郎は旧制第五高等学校(現熊本大)教頭や山口高校(現山口大)校長などを務め、のちに宮中顧問官になる教育者。問題が広がっていることが分かる。

 翌3月23日、東日と同系列の大阪毎日(大毎)は2面の評論コラム「硯滴(けんてき)」で「近頃馬鹿馬鹿しい事件」として騒動を取り上げた。「学習院側の意見は根本的に間違っている」「美貌は婦人の一徳」と断言。「問題にすべきことがあるとすれば、それはほかではない。ヒロ子をして同校に留まるができないほど、嫉妬の揶揄を試みる生徒間の卑劣心である」と述べた。

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コンテストを主催した時事新報の主張は

 当事者である時事新報が問題の経過と自社の主張を公表したのは3月29日付紙面。「時事新報主催の美人寫眞募集と学習院の態度」と題して、実に3ページ近くを費やして学習院の姿勢を批判した。募集の経過説明に続いて次のように書いている。

 円満に事が終わった後に1つの面白くない事件が発生した。第1等当選者、末弘ヒロ子嬢が学習院を退学するに至ったこと、それである。これについては世上いろいろな浮説が生まれて、ヒロ子嬢はもちろん、その親類とわが時事新報社に迷惑を及ぼすこと少なからず、もはや黙視できない。

 記事は「本社が学習院とヒロ子の親類の間に立って尽力した顛末を詳しく書き、学習院職員の意見、態度を本社は肯定できないことを述べて世人の判断を仰ぎたい」として経過を個条書きにしている。要約して記す。

〈1.本社員と学習院

 日本一美人選定を発表したその日、学習院女学部はヒロ子の保証人・山下(啓次郎)氏を呼び、写真応募についてただした。あるいは退学命令に至るのではないかとの情報があり、翌9日、記者が松本女学部長を訪ねた。

 松本部長は「保証人にいきさつを聞いたのは事実だが、退学うんぬんは未定で、追って協議することになった」と答えた。以下は一問一答。

記者 ことが一段落したいま、妙齢の女子に中途退学を余儀なくさせるのは本社の最も遺憾とするところだ。

部長 一段落したと言うが、本人の写真はこれから外国に送られ、世界の舞台で美を競おうとしているのではないか。それが大変困る。

記者 外国ではそんな狭い了見はない。現にカナダの1等に選ばれた美人もヒロ子同様市長の娘だ。元来、写真はヒロ子自身が提出したのではないことは知っているはず。写真の応募が気に入らないとしても、それをしたのは本人でないのに、本人に累を及ぼすのは当を得ない。そうした事情を察して退学は見合わせてほしい。

部長 そのことは学校も承知している。退学はまだ決まっていないから、ご意見は私が含み置く〉

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