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「1つの家族で1つの住宅」は本当に必要なのか

光嶋裕介が『脱住宅「小さな経済圏」を設計する』(山本理顕・仲俊治 著)を読む

2018/04/18
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『脱住宅「小さな経済圏」を設計する』(山本理顕・仲俊治 著)

 建築が社会の鏡であれば、その建築を設計する建築家の責任は大きい。山本理顕は社会に対する責任を痛感しながら新しい建築の姿を模索し続ける、戦う建築家である。

『脱住宅』と題されたこの本は、山本と事務所の元所員であり、共同研究者でもある仲俊治によるマニフェストである。経験豊富な山本の実践を紹介する「試行」と、仲のつくった《食堂付きアパート》を中心に具体的な脱住宅のカタチを示した「提案」という二部構成になっている。挑発的なタイトルだが、二人が一貫しているのは、社会全体がごくごく当たり前のように信じている「一住宅=一家族」という、そもそもの前提を疑うことだ。

 都市で働いて、家に帰ってきたら家族と食事をして寝るための住宅という常識。庭付き一軒家というアメリカンドリームは、今でも有効なのだろうか。少子高齢化が進み、ジェンダーによる家族の在り方が多様化し、インターネットの発展によって色んな働き方ができる現代のライフスタイルにとって、このような住宅の在り方は不自由で、窮屈なものとなってしまった。だから「脱住宅」なのだ。

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 では具体的に、凝り固まった「一住宅=一家族」という価値観をどうやったら解体できるのだろうか。特に集まって住むことが目的とされる「集合住宅」において、彼らの提案は強度を発揮する。それは「地域社会圏」という「小さな経済」を住宅の中で起こすことで、家族以外の他者を住宅に招き入れるということである。それは、住宅の中心的テーマのひとつである「プライバシー」の問題にも関わってくる。公的な空間と私的な空間の境界をきっぱり引かず、私的な空間の中に「閾(しきい)」という公的な空間を含むことを提唱する。さらには、玄関扉をガラスにすることで透明性を上げた、明るい空間が提案されている。

 徹底したプライバシーが行き着く先は、孤立した個人のための快適な箱でしかない。そこから脱却するには、住宅という場所から発生するコミュニティの成立が鍵となる。

 社会の鏡としての建築が、逆に人間の生活を拘束してはならない。住宅の在り方は、そのまま住まい手たちの生活に直結する。多様な暮らしを支えるのは、多様な空間ではないか。

 自らのライフスタイルと向き合い、そのために最適な空間を模索するためのスタートラインが「一住宅=一家族」という固定観念から自由になることだ。この本は、そんな常識の地殻変動を起こすための希望の書である。

やまもとりけん/1945年中国生まれ。建築家。名古屋造形大学学長。代表作に横須賀美術館、著書に『権力の空間/空間の権力』など。98年に毎日芸術賞。

なかとしはる/1976年京都府生まれ。建築家。東京大学大学院建築学専攻修了。代表作に白馬の山荘などがある。

こうしまゆうすけ/1979年アメリカ生まれ。建築家。代表作に凱風館などがある。『みんなの家。』『幻想都市風景』など著書多数。

脱住宅: 「小さな経済圏」を設計する

山本 理顕 (著), 仲 俊治 (著)

平凡社
2018年3月9日 発売

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「1つの家族で1つの住宅」は本当に必要なのか

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