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ジャパネットからJリーグへ 高田明社長が語る「倒産寸前のチームを復活させた一言」

V・ファーレン長崎 高田明社長が語る「クラブチーム経営と地方創生」#1

テレビショッピングでおなじみ「ジャパネットたかた」の創業者・高田明さんがJリーグのクラブチーム、V・ファーレン長崎の社長に就任して1年4ヶ月。見事J1昇格も果たした、そのクラブ経営の哲学とは? 本拠地のある諫早市でお話を伺いました。(全2回の1回目/#2へ続く)

高田明さん

いやあ、サッカーの話になると熱くなっちゃいますね

――V・ファーレン長崎の社長に就任されて1年以上が経ちました。高田さんから見て、今シーズンはいかがですか。

高田 J1残留なるかという状況にはありますが、不安はないです。内容的には負けていない試合がいくつもありましたから。3月には4分のアディショナルタイムの残り1分で点を入れられた試合があったんですよ。先日のコンサドーレ札幌との試合でも、アディショナルタイムで逆転されて負けてしまった。ワールドカップの日本対ベルギー戦じゃないですけどね、もう、思い出しても本当に惜しい試合がいくつもある。いやあ、サッカーの話になると熱くなっちゃいますね(笑)。

――サッカーはもともとお好きだったんですか。

高田 スポーツを観るのは何でも好きなんです。テニスでも錦織さんの試合があったら観るし、ゴルフの松山さんのプレーは飽きずに観ています。サッカーも昔から観るのは好きでしたし、この前のワールドカップだって夜中まで起きていて全部観ましたよ。ただ、自分ではやらないからあんまり大きなことは言えません。

 

「傷み過ぎ」の経営状態 倒産寸前のチームをどう立て直したか

――1年前、V・ファーレン長崎は経営面では倒産寸前とまで言われ、スタジアムの入場者数水増し問題も発覚してクラブ消滅さえ囁かれていました。そんな火中の栗を拾うようにして、なぜ社長に就任されたのでしょうか。

高田 「ジャパネットたかた」はクラブのメインスポンサーだったんです。私はその2年前にジャパネットの社長を退任していたわけですが、引き継いだ現社長の長男・旭人から経営権を持って経営再建したいから力を貸して欲しいと打診を受けました。サッカーには子どもの育成という面がありますよね。私はまずそれを思ったんです。13年の歴史で培った長崎の子供たちの夢をつぶすようなことはしたくないと。

――しかし累積赤字は3億円超。まず何をしなければならないと臨んだのでしょう。

高田 まず何を見なければならなかったかというと、これは当然ながら収支です。収入と支出、これをまず見なければ経営は成り立っていきませんから。どうやって収入を確保し、支出を抑えるか。支出面については抑えるというよりも、いかに無駄をなくすかを考えました。ところが引き継いだ時の経営状態は、率直に「傷み過ぎ」と思うほどの状態で、3年間で10億円必要と踏んで臨みましたが、初年度だけでジャパネットは10億円以上かけることになったんです。それでも僕は3つのことを言い続けて来たんです。

 

――3つのこと。

高田 捨てる、残す、加える。V・ファーレン長崎は2005年に創設された13年の歴史を持つクラブチームです。そこで培ってきたいいものは残す。捨てるべきものは捨てる。ただそれだけじゃ変化はないから、新しいものを加える。シンプルな改革を始めました。