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「回文」作りの極意(1)はじまりは「遠く響く音」~創りだすのではなく、発掘する

2015/03/08

genre : エンタメ, 読書

note

 そんな風にして僕は回文を作り始めたのだが、やっぱり僕なりのこだわりがあり、「完全回文」を目指したかった。清音と濁音を区別しないという「回文なかとり」式ルールではなく、清音と濁音も拗音も促音も完全に区別した、完璧な回文にしたかった。その理由は、一人だけの遊びじゃなくて、他人にも一目で「面白いね」と言ってもらえるものにしたかったから。

地球覆う諭吉(ちきゅうおおうゆきち)

 まだ完全回文を志していなかった頃のものでは、こんなのがある。期せずして社会批判めいてしまっているフレーズが面白いので気に入ってはいたのだが、「この小さなゆも、大きなゆと同じ扱いにして考えてみてね」と注意事項をつけて読ませてしまうのが苦痛だった。ただ一言、「下から読んでみてください」だけで全てを説明できるものを作りたかった。

廃線全制覇(はいせんぜんせいは)

 シンプルで短いものだけれど、これくらいのほうがむしろ手応えがあるのだ。誰にでもわかってもらえる気がする。僕が回文を作るようになって一番変わったのは、コミュニケーションのための言葉遊び、他者とのゲームとしての言葉遊びというものを心から楽しめるようになったことだろう。例の「回文なかとり」のコテハン二人には感謝しないといけない。たった一人のために相互に回文をつなげていただけの行為が、こうして確かに見知らぬ誰かの思想と人生を変えたのだから。ちなみに「回文なかとり」のスレッドを久しぶりに覗いてみたら、その二人は相変わらずずっと回文のラリーを続けていた。もうあれから10年以上経つのに。

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 僕の回文の作り方は、外から固めてゆくタイプが多い。目に入る単語を片っ端から逆さまに読んでゆき、逆さにしても意味が成立しそうなものを見つけたら、どうにか中心部分をドッキングできないかどうか試行錯誤する。そうすると、たとえばこんなのができる。

いい骨格かっこいい(いいこっかくかっこいい)

 「かっこいい」という単語を見た瞬間にもう「いいこっか」が同時に見えてくる。「こっか」からは「国家」「国歌」へと自動的に脳内変換されるのだが、「いい国歌はかっこいい」じゃなんだか今ひとつ締まらない気がする。そこで、一音付け加える。「いい骨格かっこいい」。これで完成だ。

気温は地獄、5時半起き(きおんはじごくごじはんおき)

 これなども、「きおん」という単語を見た瞬間に「半起き」が思い浮かんだ。となると当然「~時半起き」となると通りがよくなるわけだから、一時、二時、三時と順番に当てはめてゆく。そして五時。「ごじはんおき」。ごじ。じご。地獄!

 逆算に逆算を重ねていって、きれいな日本語にハマる言葉をうまく探し当てるのだ。ぴったりハマると最高の快感である。しかし、完成した回文の陰には、どう試行錯誤してみてもうまくハマらず気持ち悪い思いをしたまま捨ててしまうことになる無数の「回文未満」もあったりする。「ハムカツ」を逆に読むと「掴むは」になるので何かに使えそうだなあとずっと思っているのだが、なかなかしっくりこないままにもう数年は経っている。外側がすでに固まっていたとしても、内側をいかに自然な日本語にしてゆくか。それに全てがかかっているのだ。


次回は「レストラン」ということばを使って回文を作ろう! 「〇んらとすれ」……どうする?

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