2018年2月に上梓した『極夜行』で一日中太陽の昇らない北極での4ケ月の体験を綴り、「第1回Yahoo!ニュース | 本屋大賞 2018年ノンフィクション本大賞」の第1回受賞者となった角幡唯介氏。「若い頃は、探検家が物を持つのは怖いことだと思っていた」けれど「いざ家を手に入れたら心配は不要でした」という心境に至った探検家が、今まで住んできたさまざまな「家」と共に人生を振り返る。
​※週刊文春2018年11月1日号「家の履歴書」より転載

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角幡 去年、35年ローンで鎌倉に一戸建てを買いました。若い頃は、探検家が物を持つのは怖いことだと思っていました。物理的な足かせは、行動の自由を縛る。まして家なんか買えば、大地に根を下ろしてしまう。それは、人生の自由を犠牲にすることだ。そんな感覚だったんです。

 探検の資金がなくなるのは困る、という現実的な問題もありました。長い間海外を探検するから、家は寝られればいい場所で、関心の対象外だったんですね。

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 ところがいざ手に入れてみたら、そんな心配は不要でした。結婚して、子どもが生まれて、家を持った。人生に新たな事態が発生するたび、新たな局面が開けてきます。その変化が面白い、と思うようになったんです。

角幡唯介氏 ©文藝春秋

実家はスーパーマーケットの「スーパーカクハタ」

《ノンフィクション作家で探検家の角幡唯介さんは、1976(昭和51)年、北海道芦別市に生まれた。姉、弟、妹がいる4人きょうだい。実家はスーパーマーケットの「スーパーカクハタ」を経営していた。

 自宅は、本店の店舗と繋がっていた。3階建てで、1階が家族の住まい。2階と3階は、商品を置くスペースになっていた。》

角幡 いまは芦別市内に建てた新しい家に、両親だけが住んでいます。子どもは4人とも上京しているので、雑誌でよく特集されているように実家をこの先どうするか、我が家にとっても問題です。

 夏は野球、冬はスキーの少年時代でした。成績はよかったんですが、忘れ物が多かった。毎朝遅刻ギリギリなのに、「あっ、ランドセル忘れた」と途中で気づいて、ベソをかきながら取りに帰ることがしょっちゅうでした。

函館ラ・サール高校3年生、一発で退寮処分に

角幡 芦別の小中学校を卒業してから、函館ラ・サール高校に進学して、寮に入りました。上級生になると小部屋ですが、1年生は、2段ベッドがずらっと並ぶ「100人部屋」と呼ばれる大広間でした。

 3年生のとき、寝る前の読書に使っていた枕元の電球を消し忘れたら、朝になって枕と布団から煙が出ていました。火気厳禁なので、一発で退寮処分です。

 そのあとは、学校の近くに下宿しました。賄い付きで、四畳半の部屋4つに同級生が4人。でも、寮から出るとダメですね。すっかり規律が緩んで、遅刻ばかりになってしまいました。