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文明を知らないアマゾンの裸族「イゾラド」が今も探し続けているものとは

角幡唯介が『ノモレ』(国分拓 著)を読む

2018/07/30
『ノモレ』(国分拓 著)

 アマゾン川奥地には今も文明と接触したことのないイゾラドという原始的裸族が暮らす。テクノロジーが世界を覆いつくしたこの時代に本当か? と眉を顰めたくなる話だが、本当だ。

 二〇一五年、そのイゾラドと思しき人たちがペルーの密林に出現した。彼らとの接触を担当したのがロメウという地元先住民イネ族の若きリーダーだ。彼らイネ族には古い言い伝えがあった。百年ほど前、ゴム農園で奴隷働きさせられていたイネ族の五人が白人の農園主を殺し密林に逃亡、この生き別れになった仲間(ノモレ)を探せとの伝承が子孫に伝えられてきたのだ。未知の人々と接触を重ねたロメウは、彼らはやはり百年前に生き別れた仲間だと確信する。

 読み進めるうちに不思議な感覚になった。本書にあるのは読者を深い省察へと誘う悲しみだ。イゾラドと下手に接触すると彼らが感染症で全滅する恐れがあるため文明側の人たちは細心の注意を払って接触を続けている。だが、まるで腫物のように扱われるイゾラドの姿を見ていると、ある特定の人間集団をイゾラドという特殊なカテゴリーに分類せざるを得なかったこと自体が間違いの始まりだと思わずにいられない。

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 一本の川を挟んで対峙するロメウらこちら側の文明と向こう側の未知の人々。この断絶は決定的だ。文明に彷徨(さまよ)い出た、この原始の人々を生み出したのは結局、私たち文明であり、私たちはこの遠く離れた密林の出来事の当事者でもあるのだ。こうして、あくまでロメウの視点で語られていた物語は、いつしか私たち自身の視点に重なっていく。

 この繊細な物語を掴み取り、描き切った著者の詩的な感性と表現力に感服した。川向こうの未知の人たちがやがてロメウの前から姿を消したとき、私はまるで自分の仲間を失ったような気持ちになった。ノモレはイネ族だけのノモレではない。あれは私たちのノモレであり、私たち自身が失った人間性そのものではないかと。

 こくぶんひろむ/1965年、宮城県生まれ。早稲田大学法学部卒業。NHKディレクター。手がけた番組に『最後のイゾラド 森の果て 未知の人々』など。著書『ヤノマミ』で2011年大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

 かくはたゆうすけ/1976年、北海道生まれ。ノンフィクション作家、探検家。早稲田大学探検部OB。近著に『新・冒険論』『極夜行』。

ノモレ

国分 拓(著)

新潮社
2018年6月22日 発売

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