人は見た目が何割なのかは各々の価値観によるが、宝石に関して言えば値打ちの90%が幻想、そして思い込みだと、宝飾デザイナーのキャリアを持つ著者は断言する。あれは「色のついた石」にすぎないと。しかし世界の歴史の中心には、常に宝石があった。
手始めに披露されるのは、マンハッタン島が24ドル相当のガラスビーズ等と交換された物語。オランダ人がアメリカ先住民から、ビーズで島を買い上げたと聞くと、どうしたって詐欺か搾取にしか思えないが、これは双方にとって大満足のトレードだったという。ビーズは美しく、通貨として優れていたし、当時のマンハッタン島は泥土だらけで何もない小さな島だった。適正価格だったのだ。
大量生産によって地に落ちたビーズに比べると、マンハッタンの土地は狭く、その後ひたすら高騰していく。つまり希少で、みんなが欲しがるものに価値が生まれる。このロジックを歴史的に、かつ心理的に深掘りしたのが本書だ。
全然希少ではないダイヤモンドに、「永遠の輝き」という名コピーをつけ、プロポーズの必需品であるかのような“思想”を売ったデビアス社のマーケティング戦略は、いかにも20世紀的でいっそ清々しい。一方でダイヤも2800カラットもの束ともなれば、話は違ってくる。本人は無関係の「首飾り事件」が遠因となって民衆が大炎上、フランス革命へと発展し、マリー・アントワネットは処刑の運命を辿ることになった。
さらに遡って16世紀。幻の黄金郷エルドラードからもたらされるはずのエメラルドを空手形のように切り続け、破綻したスペイン帝国。その無敵艦隊に勝利するイギリスのエリザベスⅠ世は、自身の肖像画に真珠をちりばめた。真珠は、ヴァージン・クイーンとして純潔で神聖なイメージにぴったりな小道具でもあったのだ。しかしその真珠の価値が、あるときを境に大暴落する。御木本幸吉による、養殖真珠の成功である。
ここで、宝石をめぐる世界史の舞台が、日本へ移される。外国人の目で俯瞰する江戸から明治にかけての大革命は、本書のハイライトかもしれない。身分制度の崩壊によって自由を手にし、家業のうどん屋から努力して真珠王となったミキモトの物語は、近代化に必死だった時代の神話だ。
欲望が暴走するたび、国が滅びていく。それでも宝石は残り、そこにはロマンがある。ついに欲望と錯覚の対象が、仮想通貨という、実体を持たないものになった現代。こんな壮大な物語が編まれることは、もうないんだろうな。
エイジャー・レイデン/シカゴ大学で古代史と物理学を学び、在学中にハウス・オブ・カーン・エステート・ジュエラーズのオークション部部長として勤務。さらに、シニアデザイナーとして、ロサンゼルスに拠点を置く宝飾ブランドに7年以上勤務。カリフォルニア州ビバリーヒルズ在住。
やまうちまりこ/1980年富山県生まれ。小説家、エッセイスト。著書に『メガネと放蕩娘』『あのこは貴族』『東京23話』等。