『風に向かって』(クリスティン・ハナ 著/岩瀬徳子 訳)早川書房

『風に向かって』というシンプルなタイトルは、もしかしたら、この本を手に取らせるだけの力が弱いかもしれない。けれども読んでいる間中、文字通り「風に向かって」歩き続けているような感覚があった。何度も涙が溢れた。

 本書は、1930年代、アメリカ史上最悪の災害と言われた、大恐慌と大旱魃を生き抜いた、女性の物語である。

 家族の中で、何年も孤独を強いられて過ごしてきたエルサは、自分は「魅力的な女ではない」と、思い知らされてきた。高すぎる身長、痩せぎすの身体。14歳の時にかかった病気のために、学校もやめていた。友達もいなければ男性とも無縁で、将来はひとりきり。そんな、今見えている未来を変えたいと思った彼女は、25歳の誕生日を迎えた数日後、とびきりのお洒落をして街へ飛び出す。そこで、ハンサムなイタリア系の年下の若者、レイフと出会い、二度とない機会かもしれないと、求められるまま身を捧げる。やがて、身籠っていることが分かり、両親はエルサを、小麦農家であるレイフの家族に押し付け、勘当する。当初は戸惑い、渋々彼女を受け入れたレイフの両親だったが、気骨があり、誰よりも熱心に働くエルサを見て、次第に彼女への想いが変化してゆく。またエルサも、実の家族からは得られなかった大きな愛情に触れ、自分の居場所を見つけるのだった。夫とその両親、2人の子供。家族の温もりを、ようやく手に入れたエルサだったが、大旱魃で小麦の取れなくなった一家は苦境に立たされる。愛する土地を離れようとしない家族を置いて、夫のレイフは蒸発し、吹き荒れる砂塵嵐によって8歳の息子のアントは肺病を患ってしまう。エルサは子供たちを連れて、身を引き裂かれるような思いで、空気が綺麗なカリフォルニアへと旅立つ決意をする。しかし、その道のりは想像を絶する厳しさだった。

ADVERTISEMENT

 これでもかというほどの過酷な試練が次々にエルサを襲う。自然の猛威だけでなく、差別や搾取、劣悪な環境の中での重労働などアメリカという一つの国の中でのおぞましい格差構造に、全ての希望は打ち砕かれそうになる。また、12歳になった娘ロレイダの反発の激しさも、エルサの深いところに影を落とす。

 それでも、困難ばかりではない。義理の母親や、同じ境遇にいる人々の優しさや助け合いによって救われる瞬間が幾度もあり、その度に私は本を閉じて、しばらく打ち震えていた。

 家族に愛されずに育ち、自尊心の低かったエルサが、この逆風にどう立ち向かい、母として、一人の女性として、強くなっていくのか。強くなるとは、どういうことなのか。

 読み終わって心の中に吹き荒れたのは、自分を包み込むような追い風だった。

 今年はもうこれ以上、心を揺さぶる作品に出会える気がしない。

Kristin Hannah/1960年カリフォルニア生まれ。シアトルで弁護士として活動したのち、作家に転身。これまでに25作の小説を発表。2015年刊行の『ナイチンゲール』はウォールストリート・ジャーナルほか有力紙誌の年間ベストブックに選ばれた。
 

こばしめぐみ/1979年、東京都生まれ。女優として映画、テレビ、舞台などで活躍。著書に『アジアシネマ的感性』など。