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「音のない世界」に生きる画家・今井麗が電信柱の陰で出会った人生の転機

今井麗インタビュー #1

カリッと焼けたトーストの上に、ゆるく溶けたバター。このトーストの絵に見覚えのある人も多いのではないでしょうか。「油絵しか描けない」画家の今井麗(うらら)さんは、食卓や果物、ぬいぐるみなど、室内にある身近なモチーフを描き続けてきました。高校生の頃、ある食べ物がきっかけで「画家になる」とはっきり自覚したそう。なぜこんなに“美味しそうな絵”を描けるのか。今井さんのご自宅でお話を伺いました。

今井麗(うらら)さん

◆ ◆ ◆

「目の前に物がないと描けない」理由

――こんにちは。お邪魔します。こちらは、アトリエでしょうか?

今井 自宅の居間の端っこにキャンバスを立てかけてある場所が、私のアトリエです。ここに家族5人で住んでいます。

「居間の端っこ」が今井さんのアトリエ

――今井さんがモチーフとして描かれているものが、たくさんありますね。

今井 そうそう。私はいつも、モチーフになるものを目の前に組み立てて、それを描いています。

――今回、インタビューのお願いをした時、「私は生まれつきの難聴の為、コミュニティの中で生きる自信がなくて、生きるために手に職をつけようと画家の道を志したのは事実なのですが絵を描くのが心底好きというのもこれまた事実で」というメールの返信をいただきました。

今井 そうでしたね。

――今井さんの世界の見え方や感じ方は、どんな風に作品に投影されているんでしょうか。

今井 私、なんかこう頭の中で色んなイメージを描けなくて。だから、目の前に物がないと描けないというか。例えば「何もない状態でコップを描いてください」と言われても描けないんです。だから、現実的なものしか描かないですね。

 

バターも油だから、油絵の具とすごく相性がいい

――あちらに飾ってあるトーストの作品も、すごく美味しそうです。『かなわない』(植本一子、タバブックス)の装画で、今井さんの絵を知った人も多いかもしれません。

今井 私は、油絵しか描けない画家としてずっとやってきたんですが『かなわない』の装画をやらせてもらったことで美術にあまり関心がなかった方にも知られるようになったかもしれません。このタイトルと、普通にどこにでもあるようなトーストの相性が面白かったのかな。バタートーストの作家って思われているかもしれませんね(笑)。

 

――遠目で見ると、写真のように見える作品も。食べ頃のバターの質感が、とてもリアルです。

今井  私の絵は、よく見ると全然写真に見えないと思うんだけど、どうしてでしょうね。実はバターも油だから、油絵の具とすごく相性がよくて。

――えっ、そういうものなんですね。

今井 そうなんです。溶けそうで溶けない感じが。それから広告の仕事で、虎屋の「ゆるるか」というやわらかい羊羹を描いてくださいと言われた時に、「油絵で羊羹、どうやって描いたらいいの?」という戸惑いがあったんです。でも形がスクエアっぽいし考えてみたら質感もバターみたいだなと思って。柔らかいバターのつもりで描いてみたら滑らかな感じを出せてうまくいきました。