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「音のない世界」に生きる画家・今井麗が電信柱の陰で出会った人生の転機

今井麗インタビュー #1

note

筆のスピードに合わせると、すごく美味しそうに見える

――今井さんの絵は、どうしてこんなに美味しそうなんでしょう。

今井 細かいところを見るのではなくて、パンの全体的な特徴を早描きしているからじゃないですかね。丁寧に時間をかけて描くと、かえって焼いた後だいぶ時間が経ったような、あんまり美味しくなさそうなパンになっちゃうような気がして。

――パンの本質といいますか。

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今井 そうです。迷いなくバーッと描いて。筆のスピードに合わせると、すごく美味しそうに見えるんです。

 

たとえば、パイナップルの芯は蛍光灯のように

――今年8月に出版された初の画集『gathering』(Baci)の文章の中では「発光」について書かれていて、とても印象的でした。

〈暗い部屋の中で、私の描いた小さなキャンバスが光って見えたことがあった。それ以来、キャンバスから僅かに発光するような描き方に関心が出てきている〉

今井  光に関心を持ったのは、3年前。この家に引っ越してきた時です。キッチンのカウンターが、すごくきれいなピカーッとしたステンレスになったんですね。キッチンの窓から入ってきた外光がステンレスに当たって、食べ物の影が映っている表情を見て、「ああ、すごく映り込みがきれいだな」「食べ物が美味しそうに見えるな」と思ったんです。

ご自宅のキッチン

―― 〈たとえば、パイナップルの芯は蛍光灯のように。内側から光を放つことをイメージして。素早く、絵の具が乾かないうちに、描き切る〉と。

今井 この家の中が茶色い木の壁に囲まれていて暗いものですから、描いているうちに、絵の中からすうっと発光しているように感じて。例えば、仕事で疲れて真っ暗な家に帰ってきた時、玄関の壁に内側から発光しているような絵が掛かっていたら、その明るさを感じて、ほっとできるんじゃないか。そういう絵を描けたら、面白いなと思ったんです。

『pineapple 』31.8×41cm Oil on canvas 2018 ©Baci

アボカドも、なるべく熟れ頃の感じを出したい

――アボカドの絵なども、ほんのり発光しているように見えますね。「美味しそうに描きたい」という気持ちは、今井さんの中に強くあるんでしょうか。

今井 そうです。アボカドも、なるべく熟れ頃の感じを出したいです。

――まさに食べ頃の。

今井 本当に難しくて、難しくて。目の肥えたお客さんだと、「前の(作品の)アボカドは熟れていたのに、今回のアボカドは硬いね」みたいなことを言われます(笑)。

 

――他にも、描くのに苦戦する食べ物はありますか。

今井 何だろう、やっぱり桃はあの産毛のような質感を描くのが難しいですよね。食べ物の中で、難しくないものはないですよ。全部難しいなと思いながらやっています。でも描くたびに、前に描いたもの、評判が良い絵よりも、もっといい絵を描きたいと思っているんですよ。もうお客さんが厳しくなってくるから、だんだん(笑)。気が抜けないから怖いですよ。本当に、手が抜けない。一点一点、力を入れています。