『82年生まれ、キム・ジヨン』は女性の強い共感を集める一方、一部の男性からの反発も非常に強かった。
代表的なのは、K-POPのガールズユニット、レッド・ベルベットのアイリーンがこの本を読んだと発言したところ、男性ファンが「アイリーンがフェミニスト宣言をした」と反発、彼女の写真やグッズを破壊するシーンを動画投稿サイトに投稿したことだ。また、映画化されることが報じられ、ジヨン役として女優のチョン・ユミの名前が発表されるとまた、彼女を批判する発言がネットにはあふれたのである。
韓国人男性が主張する、韓国特有の「逆差別」
本書を嫌う男性たちは、「逆差別がある」と言う。それについて考えるとき、日本に住む我々にはなかなか見えづらい要因が2つある。1つは徴兵制の存在だ。20代前半の貴重な約2年間を軍隊に奪われる男性たちは強い不公平感を持っている。
もう1つ日本と違うのは、権力を持った女性の悪い例が目立つところにいることだ。財閥企業のトップなどの妻や娘が企業内の重要ポストについたり、文化財団の代表として勝手に振る舞う姿が韓国社会では目立つ。“ナッツ姫”こと大韓航空の元副社長チョ・ヒョナやその妹、母などのパワハラや不正がいい例だろう。パク・クネ前大統領に弾劾をもたらしたチェ・スンシルとその娘も同様。
韓国と日本はジェンダーギャップ指数(2018年)がそれぞれ115位と110位で、低いところを競っているが、この点は両国の大きな違いだ。セレブ女性の横暴を苦々しく思う男性たちは、「女なら誰でもこのような被差別体験がある」などといわれても、反発しかしない。
彼らの多くは、女性差別が「ない」と言っているわけではない。『82年生まれ、キム・ジヨン』はそれを誇張しすぎており、不公平だと言っているのである。初めの方で引用した韓国男性のレビューは、「もちろん、主人公のキムさんが経験したこと自体は、女性としてあり得る話だが、この本ではすべてを一般化するのが問題だと思いました」と続く。このような意見は根強く、結果としてこの本は「男女間の葛藤をあおる」と批判されることが多い。
元放送作家の著者が設定した、的確なストライクゾーン
日本での発売以来、女性読者からは、「共感の暴風」とでもいうべき大きな反響があった。「わかりすぎてつらい」「ずっと泣きながら読んだ」といった意見は数えきれない。それはおそらく本書が、文化の違いを超えて、今まで誰もあまり目を注がなかったマジョリティの「普通」の女性にスポットライトを当てているからだろう。
キム・ジヨンは、平均よりやや恵まれた家庭で育ったと設定されている。経済的に困難な生育歴にすると貧しさのせいで苦労したと解釈されてしまうから、意図的にそうしたと著者自身が語っている。また、キャラクターもまさに中庸という印象で、個性のなさが個性のような女性だ(どちらかというと韓国社会においてはおとなしい方である)。それでもこれだけの経験を余儀なくされるという事実に女性は共感し、韓国人男性はいらだったのだ。どちらも「普通だ」ということに反応したのだと思う。
著者のチョ・ナムジュさんは作家になる前、放送作家としてドキュメンタリー番組の制作に携わっていた人である。この的確なストライクゾーンの把握は、テレビの世界で働いてきたことと無縁ではないのかもしれない。