フェミニズムの本が100万部売れたと聞いたら、誰でも驚くだろう。しかも、人口5000万人の国の100万部といえばなおさらだ。そんなことが、隣の韓国で起きている。2016年に出版された『82年生まれ、キム・ジヨン』という小説がそれだ。

「韓国人として謝罪します」日本語版Amazonで起こった攻防

82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)

 昨年12月8日、私が翻訳したこの本の日本語版が筑摩書房から発売された。売れ行きは予想を大きく上回り、発売とほぼ同時に重版がかかった(1月22日現在、5刷5万7000部)。翻訳文学、しかもアジア圏の文学としては異例中の異例といってよい。そして、筑摩書房がそのことをSNSで公開するや否や、情報はすばやく韓国に伝わった。

 すると何が起こったか。2018年12月10日から11日にかけての深夜、私は、およそ見たこともない面白い光景を見物した。amazonの該当ページに、みるみるうちに多数のレビューが殺到したのだ。それも、韓国人からの。

ADVERTISEMENT

 最初は星1つの酷評レビューだった。書き出しは「虚構の小説である本です」。すぐに韓国人男性の書き込みとわかった。言い回しが韓国語の直訳だからである。そしてこの後、たった一晩でレビューは16~17本ほどに達した。それは星1つと星5つにきれいに分かれており、星1つのレビューには「ゴミ小説」「韓国人として謝罪します」といったことばが躍っていた。

 あまり堪能とはいえない日本語で、しかも韓国にはアマゾンが上陸していないので、サイトの使い方にも不慣れなはずなのだが、彼らは前のめりに、果敢に書き込んでいた。それほど、この本が「輸出」されることが許せなかったのだ。そして彼らを上回るパワーで、韓国人女性が星5つのレビューを投稿していた。

そんなに過激な内容なのか?

 そんな極端な評価を受けるとはどんな小説なのか、と思われる方も多いだろう。しかし実は、少しも過激な内容ではない。男性が去勢されたり奴隷にされるわけでもない。それどころかあまりに日常的で、拍子抜けするほどだ。主人公のキム・ジヨンは1982年に生まれ、結婚して、1歳半になる娘を育てている専業主婦だ。小説の序盤で、ジヨンは突然他人が憑依したようになり、妙なことを口走る。育児うつではないかと心配した夫の勧めで精神科に通いだすジヨン。物語は、病院で彼女が話した半生を聞き取って記したカルテという形式で進む。

©iStock.com

 その中身は、女性にとっては「あるある」の連続だ。祖母や母による弟へのえこひいきといった家庭内の小さなことから、就職活動でのセクハラ、妊娠・出産によるキャリア断絶など人生を決定するような大きなことまで、キム・ジヨンの試練は続く。彼女の夫は優しいし、子どもはかわいい。だが、積もりに積もったものがある日、決壊する……。