昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

村主章枝さんのヌード写真集に見る、芸術と自意識のあいだ

「氷上のアクトレス」から「月下のアクトレス」へのジャンプ・アップ

2017/03/21

「女性に見てもらいたい」

 村主さんのヌードが芸術的かどうかは、私にはよく分かりません。それよりこの「芸術」という言葉を使うとなんか全部許されちゃう感じは何でしょう。そもそも「スーパームーンの下、『月光』を踊る」というコンセプトに、脱ぐ必要なくね……? 当たり前に出てくるであろうこの疑問に村主さんが出した一つの解がこちら。

 「これちょっと補足させてください。女性に見ていただいて、美しいと言ってもらえたら一番嬉しいし、そういっていただきたく頑張りました。200点満点は、チームが本当に素晴らしく、私の実力では、こんな作品になりませんでした」(ツイッターより)

 遠回しに「オカズとして作ったわけではありません。オカズにするのは勝手だけど」という、お隣さんからもらった芋で大量の芋の天ぷらを作るもごはんに合わないと家族から批判が噴出したときのお母さんみたいなことを言い出す村主さん。いい加減、ヌード写真集を出すときの盾として「女性に見てほしい」を持ち出してくるのやめてもらえませんかね……もうあたいらどんだけ盾にされてると思ってんの……。

現役時代から芸術性に定評があった村主さん

 確かに、村主さんは現役時代から一貫して「芸術性」というものにこだわってきたように思います。芸術、それは神様が人間に与えた最強の免罪符。あなたもアート、私もアート、アート驚く為五郎。元気があれば何でもできる。アートと言えば何でもアート。たとえば、たとえばですよ。肌は驚くほどハリを失い、精神と同様に肉もたるみきり、消えないタトゥのような妊娠線に腹を縛られた40の私がヌードになったとしても、そこに『沈黙』みたいな意味ありげなタイトルをつければ「あ、これは芸術なのかも……」と素敵な誤解を与えかねないとも……いや与えないっすね。

 さらにぶっこまれる最強のスピリチュアルワード「月」。女とはどうしようもなく「月」を語りたがる生き物。満ちれば騒ぎ、欠ければ騒ぐところにきて「68年振りのスーパームーン」ですから、もう何でもありのカーニバル。芸術という言い訳と、スーパームーンというお墨付きを得た村主さんを、もはや止めるものはありません。現役時代、高い芸術性も「採点競技」という観点で見れば浅田真央選手のトリプル・アクセルにいともあっさり叩きのめされてきた村主さん。そのルサンチマンをぶつけたのが今回の芸術ヌードだったのかな……と。

 若い頃のジャンプ力を失った女が、見せたい、見られたい願望を「社会からの要請」として果たせる場所、それが芸術ヌード。でも、個人的には月明りの下でうっすい布巻き付けて武富士のCMばりの反りを見せる村主さんより、舌で唇の端を舐めるようなドエロい写真に「乾燥で口の角が切れて痛い…」「#口内炎」「#口外炎?」というあざといコメントをつけて投稿する村主さんのほうが、グッとくるんですけど~。

グッとくるインスタ投稿 村主章枝さんのインスタグラムより

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー