その二。手術中に不測の事態はめったに起こらない。
「体を開けてみたら、患部の形状が予想と違い、出血も止まらない……」
医療ドラマでは、そんな緊迫したシーンがよく描かれます。登場人物が不測の事態をどう乗り越えるのか。そのハラハラ、ドキドキ感こそがドラマを盛り上げるからでしょう。
しかし、私が見学した手術では、そのような緊迫した場面に遭遇したことは一度もありませんでした。もちろん、手術中に不測の事態が起こることはあり得ますし、患者が命を失う医療事故も現実に起こっています。ですが、医療ドラマのように、こんな緊迫した状況がしょっちゅう起こっていては、安心して手術を受けることなんてできません。
緊急手術の場合は別ですが、通常の待機的な手術では、外科医は事前に患者さんの画像などをしっかり検討し、どう手術を進めるかシミュレーションをしてから本番に臨むと言います。つまり、どんな不測の事態にも対応できるよう、事前に入念に準備をしているからこそ、安全な手術ができるのです。
名医が執刀すると肺がんの手術の出血量がたった10cc、傷は6センチ!
それに組織を切るだけでなく、凝固もできる電気メスのような手術器具が発達したことで、出血量は驚くほど少なくなりました。先日見学した肺がんの手術(肺の区域切除術)では、出血量はなんとたったの10ccほど。胸に開けた6センチほどの小さな穴から切除した肺を取り出した後、ホチキスのような器具で肺の切断面を縫合し、肺からの空気漏れがないかを確認して終わり。麻酔をかけてから2時間未満で、手術室を後にしました。
手術を執刀した国立がん研究センター中央病院呼吸器外科長の渡辺俊一医師は、「手術が早く終わってしまうと、簡単な手術だと思われてしまうんですよね」と冗談っぽく話していました。
しかし、実は手術の巧い外科医が手掛けているからこそ、出血が少なくて、手術時間も短く終わるのです。もちろん今でも、大きな手術では一日中かかることや、輸血が必要になることもあります。ですが最近では、がんや心臓などの手術で輸血を使うケースはものすごく減りました。
逆に言うと、たくさん血が出て、緊迫した状況が続き、時間も長くかかるような手術は、いい手術とは言えないのです。医療ドラマのようにしょっちゅう不測の事態が起こったとしたら、その病院の安全対策には大きな問題があると言わざるを得ません。そんな未熟な外科医に手術をさせてはいけないのです。