有力な治療法がない「再発頭頸部がん」に的を絞り
2011年、米専門誌『ネイチャー・メディシン』に記事が掲載されて以来、「光免疫療法」は医学界の注目を集めてきたが、多くの専門家は「動物実験までは行っても、そこから先に進むのは難しいだろう」と予測した。
実際、新薬開発の大半は承認を得られないまま頓挫する。前例のない治療法を提唱する「イルミノックス・プラットフォーム」が商業化に辿り着く確率は極めて低かった。
楽天メディカルは他に有力な治療法がない再発頭頸部がんに的を絞り、2015年に米国で臨床試験実施を申請。2017年には日本でも申請した。臨床試験は日米同時並行で進んだが、2019年、「アキャルックス」の前身となる化学物質が日本で「先駆け審査指定制度」の対象品目に指定されたことで、日本での審査期間が12ヶ月から半年に短縮された。「条件付き早期承認制度」を利用できたことも開発を早めた。国も光免疫療法の実用化を全力で後押しした格好だ。
日本で実施された第1相臨床試験では手術、放射線療法、プラチナ製剤による化学療法の治療効果が不十分であり、標準的な治療の選択肢がないと担当医によって判断された患者3名に施術した結果、2例で部分奏効が認められた。この結果、世界に先駆けて日本で承認を取得した。
「先駆け審査指定制度と早期承認制度がなかったら、ここまで早く実用化にはたどり着けなかった」(三木谷氏)
インフラ整備には時間がかかると見られる
一般的には医薬品として承認されると60日から90日後には薬価が決まり、保険収載される。年内には国内の病院で「アキャルックス」と「バイオブレード」を使った治療が始まることになりそうだ。
まったく新しいがん治療が日本で始まるのは画期的なことだが、今回、治療の対象になるのは再発頭頸部がんのみ。従来のがん治療とは手法が異なるため、専用の機器が設置され、トレーニングを受けた医師がいる病院でしか治療は受けられない。今後は国立がん研究センターと提携し「医師がトレーニングを受けられる施設を増やしていく」(楽天メディカル・虎石貴社長)というが、インフラ整備には時間がかかると見られる。
楽天メディカルがこの治療法を「イルミノックス・プラットフォーム」と名付けたのは、「アキャルックス」に続く化学物質を見つけ、頭頸部がん以外のがんにもこの治療法を広げていく計画があるからだ。
「アキャルックス」はEGFRを発現しているがん細胞にしか結合できない。EGFRを発現するのは、がん全体の約2割で「EGFRを発現しないがん細胞にも結合する抗体を見つけること」(小林氏)が次の課題だ。すでにいくつかの候補物質が見つかっている。楽天メディカルが次に挑戦するのは、再発転移性頭頸部扁平上皮がんなどになりそうだ。
「アキャルックス」に続く第二、第三の薬剤を開発するには、さらに膨大な研究開発費が必要だ。フォーブス誌の2020年版「日本長者番付」で6位(推定資産54億ドル=約5700億円)にランクされる三木谷氏は、「お金は天国まで持っていけないから」と不退転の覚悟を見せている。