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氾濫する「させていただきます」表現、言語学者が解説する“ここまで使われる理由”

2021/04/12
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 どういうことなのか。「させていただく」を例にとると、「させていただく」は主語が「私」になるので、言語上「あなた」に触らずにすむ表現となる。さらに、敬語形で「させてもらう」より丁寧な表現であるため、4つのうち相手から最も「遠ざかる」表現なのだ。

 それに対して、主語が他者になり、敬語形でない「させてくれる」は最も「近づく」表現となる。

「させていただく」が使われることが増えた場面は

 データの分析からは、どういう形で「させていただく」が使われることが増えたかも明らかになった。

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 多様な動詞とともに使われてきた「させていただきます」だが、近年は「お話しする」「説明する」「報告する」といった「能動的コミュニケーション動詞」と一緒に使用することが特に増えている。

 これは、実際は一方的に話をしたり、説明をしたりする場面であっても、「私はあなたがそこにいることを意識していますよ」というサインを、「させていただく」で前もって出しているということなのかもしれない。

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 政治家が「させていただく」を多用するというコメントをよく耳にする。これは政治家が「させていただく」をことさらよく使うというよりも、国会答弁が質疑応答の繰り返しだから、当然「質問する」「お答えする」といった「コミュニケーション動詞」を使うことになり、それらの動詞に導かれて「させていただく」が使われているのではないかと思う。

人気の秘密は「自分を丁寧な人」に見せてくれる表現だから?

 この「させていただく」の使い方の変遷からは、「させていただく」が相手に触れずにへりくだる、「丁重語」化してきていることが窺える。そして、この丁重語化にこそ「させていただく」人気の秘密が隠れていると私は考える。

 従来の敬語は、相手に敬意を表すために相手を上げたり、自分をへりくだらせる表現だった。しかし、昨今の「させていただく」の用法には相手の存在が実際にはなく、敬意が相手に向かっていかない。むしろ、自分は丁寧な人である、と自分の品位をあらわすマーカーとなっているのだ。

 そんなマーカーが好まれる背景には、人間関係がフラットになってきていることや、人間関係の匿名性が増したことがあるのかもしれない。

 小さなコミュニティでは自明な上下関係も、不特定多数と関わる大きなコミュニティでは不明瞭となる。そんな状況では、とりあえず自分を丁寧な人に見せることができる「させていただく」は便利な表現なのだろう。