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明治の印刷テクノロジーベンチャーが発端!DXとSXでふれあい豊かな暮らしに貢献するTOPPAN

文藝春秋創刊100周年記念 トップインタビューVol.3

PR提供: 凸版印刷株式会社

「すべてを突破する。」のキャッチフレーズのように、印刷から始まった老舗はいまや様々な商品・サービスを展開するグローバル企業へ。その変革の意図を編集長・新谷学が聞く。

麿 秀晴氏
凸版印刷株式会社 
代表取締役社長
 

新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長

GLバリアがフードロス削減に

新谷 私は1989年に入社以来、ナンバー、週刊文春、月刊文藝春秋などの雑誌を編集してきましたが、印刷はすべて凸版印刷さんです。なので、大泉洋さんが成田凌さんに向かって「TOPPANのこと、印刷の会社だと思ってません?」と問いかけるテレビCMを観ると、「印刷の会社でしょ」と答えたくなってしまうんです(笑)。

麿 そうですか(笑)。「すべてを突破する。TOPPA!!! TOPPAN」のCMシリーズは、そうしたイメージを払拭するために、昨年4月から放送を始めました。ペーパーメディアの売り上げは、3割を切っているんですよ。

新谷 それは複雑な心境です。

Hideharu Maro
1956年宮城県生まれ。山形大学工学部卒業後、’79年に凸版印刷入社。山形営業所を経て、’92年よりパッケージ事業本部にて「GLバリア」開発に携わる。2012年より国際事業部長などを経て、’16年専務、’18年副社長。’19年から現職。
Hideharu Maro
1956年宮城県生まれ。山形大学工学部卒業後、’79年に凸版印刷入社。山形営業所を経て、’92年よりパッケージ事業本部にて「GLバリア」開発に携わる。2012年より国際事業部長などを経て、’16年専務、’18年副社長。’19年から現職。

麿 我々のビジネスはBtoBなので、お客様の商品が必ずしもトッパンブランドと紐づいていません。しかし実際は、生活の身近なところにたくさんの商品を提供しています。

新谷 先ほど、麿社長自らショールームでさまざまな分野の事業をご紹介いただいて、まさに目から鱗でした。

麿 たとえば建装材系では、家の床、壁、家具の表面シートです。木材の表面の凹凸まで表現できますから、普通の消費者には本物との見分けがつきません。テレビなどのディスプレイの反射防止フィルムも手がけていますし、スマホの中にも私どもの部材が入っています。

新谷 食品のパッケージに使われるフィルム素材は、麿社長ご自身が、開発に携わられたそうですね。

麿 GLバリアという透明蒸着バリアフィルムです。酸素や水蒸気を通さないので、吸湿、乾燥、腐敗を防げることから、フードロスの削減に繋がってきます。約45か国の1500社以上に供給していて、世界シェアは3割ほどです。私は’90年代から開発に関わりまして、特許も国内では54件申請して22件が登録されています。

新谷 優秀な研究者でいらしたんですね。

麿 優秀かどうかわかりません。先端すぎて、社内でも相手にされませんでした(笑)。

新谷 世界各国のパスポートの製造に関わっていることも知りませんでした。

麿 弊社は1900(明治33)年に大蔵省印刷局の技術者が立ち上げた、いわばベンチャーです。紙幣の偽造防止のテクノロジーからスタートして、株券などセキュリティ系の印刷がベースでした。偽造防止の技術は、パスポートやICカードなどの製造に活かされています。

「凸版印刷会社設立ノ趣旨」の書。大蔵省印刷局から独立した技術者の、起業した当時のベンチャー精神が込められている。
「凸版印刷会社設立ノ趣旨」の書。大蔵省印刷局から独立した技術者の、起業した当時のベンチャー精神が込められている。

新谷 まさにコアコンピタンスですね。

麿 高精細画像データを駆使したVRを活用し、文化財のデジタルアーカイブ化にも取り組んでいます。その関連で、熊本地震で崩れてしまった熊本城の石垣を復元するお手伝いもしています。地震の前に高精細撮影した詳細なデータを元に、3万個の石が元々どの位置にあったか、推定できるんです。

VR作品『熊本城』 製作:熊本城観光交流サービス株式会社 制作・著作:凸版印刷株式会社
2011年に凸版印刷はVR作品『熊本城』を制作。制作時に取得したデータが、2016年に発生した熊本地震で崩落した熊本城石垣の元位置を推定するシステムに活用された。
VR作品『熊本城』 製作:熊本城観光交流サービス株式会社 制作・著作:凸版印刷株式会社
2011年に凸版印刷はVR作品『熊本城』を制作。制作時に取得したデータが、2016年に発生した熊本地震で崩落した熊本城石垣の元位置を推定するシステムに活用された。

従来の受注型からニーズ先取りの創注型へ

新谷 私が革新的だと思ったのは、国内最大級の電子チラシサービス「Shufoo!」です。スーパーなどの折込チラシをデジタル化しただけでなく、どの部分をどんな人がいつ見ているのか、といったデータを収集・分析するマーケティング機能まであるんですね。

麿 Shufoo!は、月間の利用者数が1100万人を超えました。成功したのは、紙のチラシの技術とノウハウを持っていたので、電子化しても競争力があったためです。新事業を展開するとき、商売になりそうだからと飛びついても上手くはいきません。コアな技術やリソースと紐づいている分野に展開することが、大事だと思っています。半導体関連の部材など印刷のイメージとかけ離れた事業も手がけていますが、全ての根底にあるのは印刷テクノロジーです。

新谷 印刷を原点に、さまざまな分野へ枝分かれしていったことがわかります。

麿 情報コミュニケーション、生活・産業、エレクトロニクスという3つの事業軸でやってきたのですが、ちょうどいま転換期で、横串を刺してマーケット寄りに展開しようという流れになっています。テクノロジーやサービスがこれだけ広がってくると、お客様の顕在ニーズ以外の潜在ニーズも含めて、もっとお手伝いができるのではないかと考えるようになったんです。

新谷 受け身の企業というイメージでしたからね。CMを始めたのも、積極的なアピールで攻めに転じようという理由ですか。

麿 おっしゃる通り、従来はお客様からいただいた仕事にお応えするだけで、商売が成り立ってきました。しかしこの先は受注型から、ニーズを先取りした創注型に変えなければ通用しません。

新谷 収益面で伸びているのは、どのあたりですか。

麿 BPOを含めたDXが、一番伸びている状態です。他に5Gが普及して高速サーバーの需要が高まれば、我々の半導体パッケージ基板などが、いっそう継続的に必要になると考えています。

Manabu Shintani
1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。’21年7月より現職。
Manabu Shintani
1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。’21年7月より現職。

新谷 「Digital & Sustainable Transformation」を掲げていらっしゃいます。SXのほうはいかがでしょうか。

麿 環境配慮による社会貢献は、当たり前の時代になりました。お客様には、リサイクルも考慮した包装材からご提案しています。石油資源を再び材料や製品に戻すことは、我々の使命です。

新谷 ペーパーメディアは、今後どうなりますか。

麿 売り上げの1割位は、絶対に残るだろうと思います。先ほど、地下に併設した印刷博物館もご案内して、奈良時代の天平宝字8(764)年に印刷された「百万塔陀羅尼」をご覧いただきましたね。5.5センチ×40センチほどの紙に、墨で印刷されたお経です。現存する中では、制作時期が判明している世界最古の印刷物です。

新谷 グーテンベルクの「四十二行聖書」も現物が展示してありましたが、700年も古いわけですね。しかし、ほとんど色褪せていませんでした。

麿 1300年前に印刷された情報を変わらずに保存できるのは、ペーパーメディアの強みでしょう。これは私の持論なんですが、紙の印刷物って五感に訴えてきます。触感や匂いや、めくる音と共に、読んだ内容が伝わるんです。日本酒は紙パックが一般的になりましたが、やっぱり一升瓶でなければダメなシーンてあるじゃないですか。

新谷 わかりやすい(笑)。

麿 本や雑誌にも、似たところがあります。私たちは、情報だけでは生きていけません。ご飯を食べるときはお茶碗とお箸が要るように、最後はモノに落ち着くんです。

新谷 私にも、紙の雑誌と心中しようというアナログなノスタルジーはないんです。文藝春秋にしか取材できないことや伝えられないことそのものに価値があるわけで、印刷された紙の雑誌で読むかデジタルで読むかは、読者に選んでいただければいいんです。

麿 我々も情報文化の担い手として、ふれあい豊かなくらしに貢献するという企業理念は変わりません。技術が進んでデジタル化されるほど、人と人のコミュニケーションも大切です。

新谷 安心しました。我々はハイテク化から取り残されるんじゃないかと、不安になっていたんです(笑)。ところで麿さんというお名前は、やんごとなきお家柄なんですか。

麿 必ず訊かれるので、調べている途中です。5代くらい遡ったら戸籍の限界で、その先は京都のお寺さんへ行かなければわからず、なかなか時間がとれません。出身は宮城県ですが、日本全国で200人くらいしかいないそうです。

先が読めてリスク回避できるのが経営者の実力

新谷 山形大学工学部から入社されて、山形営業所に配属されたんですね。

麿 新人時代に12年ほど営業をやらせてもらったことは、いい経験になりました。東京だったら、新人は顧客の社長や役員に会えません。しかし地方では、規模は小さいとはいえ経営トップとじかに話ができます。炬燵に入ってお茶を飲みながら、従業員に対する考え方とかマーケットの戦略、我々の納める製品が会社の存亡にどれほどかかわるかといったお話を伺えたことは、大きな財産です。

新谷 その後は開発部門でキャリアを積まれ、海外勤務も経験されました。いまの時代、グローバル化とテクノロジーをわかっていることが、トップに必須の条件ですね。社長就任は、創業120周年を迎える前の年でした。

麿 社会的な責任もマーケットも変化している時代ですから、120年続いたビジネスモデルを改めなければというタイミングでした。ポートフォリオを変えるのは印刷会社というイメージを変えることですから、方向性を示さなければいけません。

新谷 そこで、社内外に向けて「すべてを突破する」と宣言されたわけですね。

麿 社内の黒子意識も、払拭する必要がありますから。今まで公表していなかった中期経営計画の開示にも踏み切りました。先が読めて、リスク回避ができて、という対応を取れることが、経営者の実力だと肝に銘じています。

新谷 しびれるセリフです。社員の意識改革を進める上で、コミュニケーションはどうやって取られていますか。

麿 昨年は社長へのプレゼンを企画し、73チーム延べ255名から話を聞きました。組織に横串を刺したかったので、チームには他部署の人を最低一人入れてくださいという条件だけつけました。

新谷 アイディアが採用されたら、すぐ実現できますか。

麿 できます。むしろ日常の仕事とは別枠で、既成の分野以外もやってもらわないと困ります。世の中のテクノロジーや生活様式の変革期である今は、トライアルのチャンスです。上手くいかなくても許される環境ですから、タイミングを逃すのがもったいない。

新谷 上手くいくことといかないことは、早めに顕在化したほうがいいですね。

麿 アクションさえ起こせば、何が足りないか見えてきますからね。いい時期に社長をやらせていただいていると私が感じるのは、まさしくそこなんです。失敗を恐れず、既成概念を超えてアクションを起こして欲しい。「GO BEYOND EXPECTATIONS」(期待を超えろ)が、私から社員へのメッセージなので。


Text: Kenichiro Ishii
Photograph: Miki Fukano

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