『タッチ』『らんま1/2』『るろうに剣心』など、大人気アニメのヒロイン役を数多く演じてきた声優・日髙のり子さん。ほかにもETC車載器音声や『あさイチ』のナレーションなど、様々な分野で活躍する日髙さんの声を、聞いたことのない人はいないだろう。

 ここでは、デビューから現在までの日髙さんの人生を記した自叙伝『天職は、声優。』より一部を抜粋。“地獄の苦しみ”だったという、ETC音声の収録裏話を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

地獄の苦しみだった収録

「ETC(※)カードが挿入されました」

 車に乗ってエンジンを掛けると車内に響き渡る声、この音声を担当しているのが私だということをご存知ない方はまだまだ多い。なのでイベントなどでご披露すると「おお~」と思わず声を洩らす方もたくさんいる。そしてその声がどのキャラクターを演じたときよりも大きかったりして、私のほうがびっくりしてしまう。

©iStock.com

 反応の大きさは、その声のシェア率に比例している。どの世代にも満遍なく知られている私の声は、今のところ南ちゃんとETCが半々という感じだ。

 いやいや出世しましたなぁ~ETC! 

 今となってはETC音声に起用していただいてありがとうございます、という気持ちだけれど、その収録は、実は地獄の苦しみだった。

「収録の前に一つだけ約束してほしいことがあるんだけど」

 ETC音声収録の当日、機械音声の制作を専門にしている会社の社長さんが誰にも聞こえないように小さな声でこう切り出した。

「今まで何人もの声優さんとお仕事をさせていただいているんだけど、みんな怒って途中で帰っちゃうんだよね。だからこれだけは約束して、絶対に帰らないって」

「えっ? そうなんですか?」

 みんなというのが誰なのか、何に腹を立てて帰ってしまわれたのかはわからないけれど、私は今まで一度も仕事場でそういうことがなかったので、「はい、わかりました」と答えた。すると「絶対にだよ、約束だよ」と社長は念を押すように真剣に私の目を見つめてそう言った。

 そんなに……?と少し不安が胸をよぎったけれど、「わかりました、約束します。絶対にそんなことはしません」と答え、社長さんは安堵したようにうんうんとうなずいた。ところがスタジオに入って数分後、私はこの約束の重さを知ることとなる。

 ※ 車で有料道路を利用する際、料金所で止まらず自動的に電子決済できるシステム。ETC車載器がセットアップされていれば状況に応じて音声ガイドが流れる。パナソニック製のもので日髙の声が使われている。