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羽生善治52歳がタイトル挑戦 藤井聡太王将の師匠・杉本昌隆八段は「同世代として気持ちを重ねてしまう瞬間はありました」

特別対談 「霧隠れの羽生善治」 #1

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 週刊文春連載時より話題を集めた「いまだ成らず 羽生善治の譜」が遂に書籍化された。50歳を越えてなお棋界で存在感を示し続ける羽生九段の強さの理由を「師匠はつらいよ」の杉本昌隆八段と著者の鈴木忠平氏が語り尽くす。

鈴木忠平氏

◆ ◆ ◆

棋士の生きるさまを描き出したいと思った原体験とは

鈴木忠平(以下、鈴木) 「師匠はつらいよ」を読ませていただいて感じるのは、読者が知りたいことを、どうしてこんなに分かるのだろうということです。

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杉本昌隆八段(以下、杉本) それはすごく嬉しいです。

鈴木 そういう視点はいつから持たれたのですか?

杉本 やはり私自身が藤井聡太八冠について取材を受けるようになってからです。昔は“7六歩は……”と符号を使いがちでしたが、今はなるべく分かりやすく伝えることを心掛けています。

鈴木 私も週刊文春で「いまだ成らず」を連載する際、棋譜のような表現は極力しないことを意識しました。

杉本 今回その「いまだ成らず」を単行本で読ませていただきました。対局室に張り付いているかのような描写が素晴らしかったです。

羽生善治九段と藤井聡太八冠の対局も描かれる『いまだ成らず

鈴木 ありがとうございます。私の知識は将棋を専門に取材されている観戦記者の方たちには及びません。ただ、棋士の人生観や生態にはとても魅かれていて、彼らの生きるさまを描き出したいという思いはありました。その原体験ともいえる記憶は、子供の頃にテレビで見た羽生善治さんの姿なのだと思います。

杉本 将棋の中継ですか?

鈴木 そうです。父親が画面を指さして「これが“羽生にらみ”だよ」と。人がああいう表情をすることがある、そのことにすごく驚きました。ただ、睨んでいるのかというと、どうもそうでもなさそうで。

杉本 闘志を燃やして睨むというよりも、「見つめている」ような仕草ですね。

鈴木 あんなに人を没頭させて、動きのない空間で内面の激しさが垣間見える将棋とは何だろう――そうやって盤上に生きる人たちに魅かれた気がします。

将棋において、若さは絶対的な武器

杉本 将棋は地味に思われがちでしたが、ライブ配信や取り上げるメディアが増えたことで、本当に多くの方から関心を寄せてもらえるようになりましたね。

鈴木 そういう充実した環境で、羽生さんと藤井さんがタイトルを賭けた第72期王将戦が行われました。もう何度も訊かれたと思うのですが、せっかくなのでお伺いしたいことがあります。王将戦は藤井さんが七番勝負のタイトル戦では初めて2勝2敗のタイに並ばれました。そういう展開は予想されましたか?