豊富な知識と治療実績をもとに1万6000人以上の治療を手掛けるQST病院。臨床研究と治療装置の開発というソフト・ハードの両面から重粒子線治療をリードし続ける同院の現状に迫る。
病院長 石川 仁
1995年群馬大学医学部卒。日本医学放射線学会放射線科専門医。専門は放射線腫瘍学、粒子線治療全般。
新たな保険適用の拡大でより身近な治療に
放射線医学総合研究所の病院部として設立された当院は、1994年から世界初の医療用重粒子線治療装置(HIMAC)を使って、重粒子線によるがん治療を牽引してきました。国内全7施設の多施設共同臨床研究組織J-CROSを主導しながら、現在も治療装置の開発と照射技術の向上を担う国内の中心的センターです。
一般的な放射線(X線)と重粒子線の違いは、X線が身体を突き抜けてしまう性質があるのに対し、重粒子線は「がん病巣で最大のエネルギーを放出して止まり、腫瘍近傍の正常組織への影響を少なくできる」という特性を持つことです。この線量分布のよさが、経年で現れる副作用(晩期障害)を最小限に抑えつつ、病巣に高い線量を集中的に照射することを可能にしています。またX線よりも生物作用が強く、X線が効きにくいといわれるがんにも有効です。手術ができない方でも治療の可能性があり、臓器を切らずに温存できること、さらに治療期間が短く(照射回数が少ない)、日常生活を続けながら通院治療で行えることも重粒子線治療の特長です。
2024年6月、新たに「早期肺がん(5cm以下・Ⅰ期~ⅡA期)」「局所進行子宮頸部扁平上皮がん(長径6cm以上)」「婦人科領域の悪性黒色腫」の3種に保険適用が拡大されました。2022年の肝がん(4cm以上)、膵がんに続き、患者数の多い早期肺がんも公的保険で受けられるようになり、患者さんにとってより身近な治療になった印象です。
重粒子線に用いられるのは炭素イオンですが、中には十分に威力を発揮できないがんもあり、新たな照射方法の研究が進んでいます。1回当たりの線量を増やすことで治療効果を高める「線量増加」や、炭素イオンより重いイオンを組み合わせて照射する「マルチイオン照射」などの臨床試験を実施中です。
しかし、よりよい治療にするためにはこうした技術開発だけでなく、患者さんと同じ方向を向いて共に治療をしていくことが不可欠です。30年間に1万6000人以上の治療を行ってきた豊富な経験と知識をもとに、より患者さんにやさしく有効で安全な治療と、できるだけわかりやすい情報の提供を続けていきます。
【肺がん】手術困難な5cm以下の早期肺がんが保険適用に
中嶋 美緒
2001年信州大学医学部卒。日本医学放射線学会放射線科専門医。専門は放射線腫瘍学、肺がん。
肺がんの重粒子線治療は2024年6月から手術困難なステージⅠ~ⅡA・5cm以下の早期がんを対象に保険適用になりました。治療数は昨年の2倍に増えています。早期の肺がんは自覚症状がほぼ無いため、診断技術の進歩によって人間ドックや別の病気(胆石や別のがんの定期検診)の検査でCTを撮ったら、X線(レントゲン)検査では写らないような小さな腫瘍や、すりガラス状の腫瘍が偶然見つかったというケースが少なくありません。
治療は手術やX線の定位放射線治療などの選択肢もありますが、手術を受けたくない方や高齢で心疾患があるなど、さまざまな理由で手術が難しい方が重粒子線を希望されます。中でも間質性肺炎は軽度でも治療すること自体が命の危険につながる疾患です。正常組織に広く浅く当たる性質を持つ一般的なX線治療は難しく、手術不能と判断されることも多いのですが、重粒子線は比較的安全に治療可能というデータが出ています。患者さんの呼吸状態や腫瘍の大きさ、位置などから慎重に判断し、治療できる場合は正常な肺に当たる範囲を少なくするなどの工夫をしています。他の施設では4回照射が多く行われていますが、当院では1回照射も可能です(治療時間は30分)。治療のメリット、デメリットは患者さんによって違ってきます。正しい情報提供と治療選択のお手伝いができればと考えています。
【膵がん】根治・再発予防を目指す治療法を開発中
篠藤 誠
2003年九州大学医学部卒。日本医学放射線学会放射線科専門医。専門は放射線腫瘍学。
膵臓の周りには放射線に弱い消化管などの臓器があり、膵がんは「放射線が効きにくい」と言われるがんの一つです。しかし、重粒子線は一般的な放射線(X線)よりも体内での散乱が少なく、膵臓の周りの正常組織への影響を最小限に抑えて、より狭い範囲に高線量を集中照射できるという特長があります。2022年からは「遠隔転移のない手術困難な膵がん」を対象に治療が保険適用となりました。現在は12回照射(全55・2グレイ)で治療していますが、まだ効果が不十分な場合があり、当院ではより安全に治療効果を高める新しい治療法の開発に取り組んでいます。一つは、手術困難な膵がんに対する根治治療の臨床試験です。従来よりも1回当たりの線量を高めて総線量を20%上乗せし、同じ12回照射で67・2グレイの治療を行います。もう一つは、手術可能な膵がんと手術不能な膵がんの狭間にある「切除可能境界膵がん」に対する治療です。境界型の膵がんは、手術をしても再発リスクが高いことで知られます。そこで、手術の前に重粒子線を照射する補助療法を行うことで、手術の切除率を高め、再発リスクを抑えようという試みです。現在根治照射として用いている55・2グレイを12回で術前に照射する臨床試験を今年度中に開始予定です。根治を目指す研究を今後も続けていきます。
【前立腺がん】治療中の生活の維持がよい治療につながる
小林 加奈
2000年京都府立医科大学医学部卒。日本医学放射線学会放射線科専門医、専門は放射線腫瘍学、前立腺がん、乳がん。
前立腺がんの治療は、手術、放射線治療(X線、小線源治療、陽子線、重粒子線)などがあります。重粒子線治療は、腫瘍が前立腺にとどまり、他に転移がない方が保険適用の対象です。比較的体の負担が少ない治療のため、外来通院も可能で、臓器の形が残ることや高齢者の方でも治療可能なことが大きなメリットです。現在は全12回(3週間)の照射が基本ですが、当院では1回あたりの線量を高めて治療期間を短縮した全4回照射(週2回)の臨床試験も行っています。
また、前立腺がんで中リスク以上と診断された方には、ホルモン治療を併用しています。効果が高い治療で長生きの方が多いのですが、治療中は筋力の減退などの副作用が出ることがあります。中には基礎代謝が低下し、糖尿病が悪化する方もいます。血糖コントロールが悪くなると体の修復力が落ち、副作用が出やすくなります。そのため重粒子線での治療後は、今まで通りの日常生活を維持することが大切です。できるだけ副作用を抑える技術開発も進めており、「元気で長生き」を目指していただきたいと考えています。
前立腺がんの治療は多種多様なため選択を迷う方も多いです。医師からそれぞれの治療の説明をよく聞き、ご自身の治療前・治療後の生活までイメージして、後悔のない治療選択をしてください。
INFORMATION
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 QST病院
千葉県千葉市稲毛区穴川4-9-1
電話 043・206・3306(代表)
https://www.nirs.qst.go.jp/hospital/
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