炎暑をくぐり抜けて、床から天井まで白一色の空間へ、足を踏み入れる。
壁に掛かっていたのは、グレーの濃淡のみで表された、幾枚もの絵画だった。
水辺が描かれた画面に惹き込まれ、眺め入る。ようやく息が吐けた。汗が引いて、身体が緩む。
暑くも寒くもなく、どこにあるのかいつの時代かもわからぬ作品世界に浸って、しばし心を遊ばせる。そんな特別の時間を過ごせる展示が、東京・六本木のギャラリー、シュウゴアーツで開催中の丸山直文展「ラスコーと天気」。
「滲み」を生かして絵画をつくる
丸山直文は1990年代から創作を続けるアーティスト。主に風景、ときに人物など、オーソドックスなモチーフを絵画にしてきた。ただし画風には、トレードマークと呼ぶべき大きな特長がある。筆にたっぷり水を含ませながら絵具を置いて画面に滲みを生じさせる、「ステイニング」と呼ばれる技法を多用するのだ。
滲みの生じた丸山の画面は、ひとえにまず柔らかな美しさを持つ。人為と偶然が混ざり合って生まれるかたちの妙も魅力的だし、モノとモノの境界っていったいどこにあるのだろうという不思議にも誘われる。
全体を眺めて陶然としたり、細部を凝視してあれこれ考えさせられたり。絵の前に立って、いくらでも時間を費やせてしまう。
今展で観られるのは、水辺の風景を描いたシリーズの新作。ゆらぎと広がりを感じさせる水辺や水面は、ステイニングという画法と相性がいいのか、丸山作品ではおなじみのモチーフである。
ただし、今回は従来と大きく異なる点がひとつ。色が、消えたのだ。
今作からはちょっと想像がつかないほど、これまでの丸山作品は全体が原色で彩られ、それぞれの色がぶつかったり溶け合ったりして画面を構成していた。ところが今回はといえば、どの作品もモノトーンでできている。グレーの絵具だけを用い、その階調によってすべてが描き出された。
それでも、絵から何らかの要素が減ってしまった印象はすこしもない。色がないのを補うように細部の描き込みが増したように見えるし、色がないと観る側は微細な濃淡差にまで目を凝らすようになり、画面にはよりいっそうの豊かさすら感じられる。