人生100年時代の新戦略
「貢献寿命」を延ばす生き方

平均寿命、健康寿命──。我々はこれまで「長寿」と「健康」を追い求めてきた。だが人生100年時代を迎えて、「長く健康」であるだけでは埋められない“心の隙間”が生まれ始めている。高齢期のどんな段階でも、充実して、幸せに過ごしていく。その鍵となるのが、第三の指標「貢献寿命」の考え方だ。ジェロントロジー(高齢社会総合研究学)を専門とするニッセイ基礎研究所上席研究員の前田展弘氏に聞いた。

何歳になっても生きる喜びを感じられる

ニッセイ基礎研究所
生活研究部
ジェロントロジー推進室
上席研究員
前田展弘

 死ぬ直前まで元気はつらつ、生涯現役で過ごせればそれが理想だろう。しかし現実には70代半ばあたりから少しずつ足腰は衰え、人の手を借りる場面が増えてくる。

「年齢を重ねるほどに、人間の生き方は多様化していきます。若い頃同様にお元気にご活躍の方もいれば、介護を受けながら生きていく方もいます。人生100年時代には、高齢期のどんなステージにおいても喜びを感じられる年の取り方が求められています。そこに着目したのが、『貢献寿命』の考え方です」。ニッセイ基礎研究所の前田展弘氏はこう説明する。

「貢献寿命」とは東京大学の秋山弘子名誉教授が提唱した概念で、「社会とつながるなかで何らかの役割を持ち、誰かの役に立つ、感謝されるといった関わりを持つ人生の期間」を指す。健康寿命に次ぐ高齢期の新しい指標である。

 ここで言う“貢献”とはなんだろうか。就労や地域活動を通じて社会に貢献する姿はイメージしやすい。それでは、心身が衰えていけば人生に喜びを感じられないのか? 答えは「ノー」だ。

「『貢献』という言葉から、ボランティアのように身をささげる行為を思い浮かべがちです。しかし貢献寿命で定義する“貢献”とはその限りではありません」と前田氏は話す。

 貢献寿命では、人と社会の関わりのなかで「意欲がある」「役割がある」「なんらかのフィードバックがある」ことを、社会へ貢献している状態と定義する。例えば自分の知識や経験を子どもたちに話し聞かせたり、地域で買い物をしたり、NPOを寄付で応援することも立派な貢献の一つ。病気で寝たきりになったとしても、そこに生きていることで家族や友人らを精神的に支えていくことはできる。

「職場や子育ての現場から退いたシニアの多くは、『自分は何のために生きているのか』という“存在価値の危機”に直面します。自分の行動を通じて『自分はこういうところで貢献しているんだな』と認識することは、自己効力感を高め、社会とつながっている実感を生み出します。貢献とは社会のためであり、本人のためにもなるのです」

社会とのつながりが健康を左右する

 貢献寿命の延伸、つまり社会とのつながりを保ち続けることの価値は、単なる精神論にとどまらない。実は貢献とは個人の健康にも直結する。

「高齢者にとって、社会とのつながりが健康維持に役立つ可能性を示唆する研究成果はいくつもあります。例えば、要介護の前段階である虚弱(フレイル)予防には、『栄養』『身体活動』に加えて、『社会参加』も重要になります。『運動習慣はなくても社会参加(ボランティアや趣味の会など)や文化活動をしているグループ』の方が、『運動だけしているグループ』よりも、フレイルになるリスクが低かったという研究もあります。社会とのつながりを持つことは、運動に匹敵する、あるいはそれ以上に健康維持に寄与する可能性を秘めているのです」

 貢献寿命を延ばしていくことが、ひいては健康寿命の延伸にもつながっていくというわけだ。しかし現在、シニアの貢献や社会参加を支援するインフラが整っているとは言いがたい。

※前田氏への取材を基に作成

「例えばシニアの就労でいえば、働く意欲があるシニアであっても、高齢になって新しい仕事を見つけるのは容易ではありません。元気で活躍したい人がその力を発揮できないのは、社会にとって大きな損失です。ならば退職後のシニアを、新たな就労や地域参加の場に導く“高齢者向けの学校”があると面白いかもしれません。これはあくまで一案ですが、人とつながる機会を、社会としてどう作りだしていくかは、貢献寿命延伸を実現するうえでの大きな課題です」と前田氏は指摘する。

「最近は将来への不安や生きづらさから、年を重ねることを否定的にとらえる風潮があります。しかし本来であれば高齢期とは、自由な時間、人脈や知恵を手にし、新たな挑戦ができる充実したステージであるはず。本当に長生きを喜べる長寿社会を実現していくうえで、貢献寿命は一つの指針となるはずです」