舞台挨拶の後半では、映画を観終わったばかりの観客との質疑応答が行われた。
ひとりの人間としての父を理解できるようになった
観客A 1年ほど前の公開時に、この映画を初めて拝見しました。私は父と折り合いが悪く、一度縁を切ったこともあったので、最初は藤野監督のお父様に対して怒りを感じながら観ていたのですが、今日2回目を観たら、少しだけお父様に対する視線が優しくなっている自分がいました。監督ご自身は、映画を作ったことで家族への感情に変化はありましたか。
藤野 私は今59歳ですが、父が映画の中で見せている姿がだいたい60歳くらいなんですね。自分があの頃の父と同じ年齢になって、ようやく子供としての目線だけでなく、ひとりの人間としての父を理解できるようになってきた部分はあります。
ただ、それとは別に、姉への対応については今も冷静に考えています。例えば、姉が2008年に入院した際に処方された薬はよく効きましたが、その薬自体は1996年から使えたものでした。12年も前に試すことができたはずなんです。その時間を逃してしまった点については、やはり父や母の判断に問題があったのではないかと思っています。
両親は姉が統合失調症であると分かっていたと思う
観客B ご両親は医師でありながら、カメラの前では最後まで「お姉さんは病気ではない」と仰っていました。実際はどのように思われていたのでしょうか。
藤野 結論から言えば、両親は姉が統合失調症であると分かっていたと思います。医師ですから、素人以上に理解していたはずです。ただ、それを認めて通院歴が残る形にしてしまうと、医師や研究者としての彼女の道が閉ざされてしまう。自分たちの手でこっそり治療して、元の状態に戻せるのではないかという願いを捨てきれなかったのでしょう。しかし現実にはうまくいかず、途中で方向転換ができなくなってしまったのだと思います。
ひとつ大事なことは、統合失調症は原因が分かっていない病気であり、誰にも責任はないということです。本人にも、両親にもです。これはこの映画を作る上での私の基本的な姿勢です。
書籍には映像には映っていない家族の葛藤もたくさん書いた
司会 最後にこれから映画をご覧になる方、あるいは書籍を手に取られる方にメッセージをお願いします。
藤野 観客の方から「ビデオを回している暇があるなら、早く病院に連れて行けばよかったのではないか」という感想をいただくこともあります。ですが、当時の状況ではそれは不可能でした。私が無理に連れて行っても、医師である親の判断の方が重みを持っており、すぐに連れ戻されてしまうからです。私にできることは、時間をかけて両親を説得することだけでした。
私の20代は、姉の姿を見て「自分もいつか同じようになるのではないか」という不安に苛まれる、本当に辛い時期でした。早く時が過ぎて、30代、40代になれば落ち着けるのではないかと願いながら生きていました。
この映画は「こうすれば正解だった」という話ではありません。うまくいかなかった例をあえて公にすることで、同じような苦しみにいる方々の何らかの知恵になればと願っています。書籍には、映像に映っていない家族の葛藤もたくさん書き込みましたので、併せて読んでいただければ幸いです。




