〈玄米の栄養が得られ、なおかつおいしいことをうたう「金芽米」を開発した、東洋ライス(和歌山市)代表取締役社長の雜賀慶二氏(92)。このコメが普及すれば、国民の健康に寄与できる――。その思いから、金芽米の加工技術を無償で提供することを、後に総理になる政治家に申し出たものの、採用されなかった。
そこで、在野の力で現実を変える方向に舵を切る。金芽米を「医食同源米」と位置付け、地方自治体と連携して、子どもたちや妊婦に提供する活動を始めたのだ。〉

医療費を6割に抑制
――金芽米の普及に並々ならぬ情熱を注いでいますね。
雜賀 「国の医療費を下げたい、そのために金芽米の技術を提供したい」。行政にも政治家にも、そう言い続けてきた。2005年に発売した金芽米が健康にいいと確信した理由は、いくつもある。まず、妻に「病気のデパート」と呼ばれるほど病弱やった自分の健康状態が改善した。癌を患った妻が自然と治って、医者に驚かれたこともある。
社員の健康度も、目に見えて上がった。うちの会社には、今でこそ社員食堂があるけど、昔はなくて、昼食にごはんだけ炊いて提供してた。当時、白米と金芽米を選べるようにしたら、社員からは「圧倒的に金芽米がうまい」と評判になった。それで、金芽米のごはんだけ出すようにしたんですわ。家庭で食べる分も、社員たちは自然と白米から金芽米に変わっていった。社内販売で金芽米を割安で買えて、おいしいからといってね。
あるとき、全国健康保険協会の和歌山支部が発行する「事業所カルテ」が届いていることに気付いたんですわ。一人当たりの公的医療費について、全国の企業の平均と、和歌山県内の平均、そして同業者の平均が載っていました。3種類の医療費の額は大差なかったんだけど、うちの社員の公的医療費がすごく低い水準だったんです。
毎年届く書類なのに、私はそれまで気にも留めてなかった。うちの会社は、社員の平均年齢が全国平均より高かったのに、医療費が低かった。年齢が上がるほど医療費は上がるのが常識だから、この結果を知った人からは「東洋さんはすごいね」と評価してもらった。
地元・和歌山の経営者の会合でそのことを紹介して、「自分たちも金芽米で実験したいという会社があれば、協力します」と呼び掛けたんです。手を挙げた企業は二社あってね。社員は合わせて約600人。事業所カルテを見たら、2社とも一人当たりの公的医療費が県平均より高かった。それが、社員に金芽米を食べさせ始めて一年経つと、低くなったんですよ。
「金芽米」や、白米のようにおいしく食べられる「金芽ロウカット玄米」を常食することで、公的医療費の額がそれまでの60%に抑えられた。結果は東京農業大学や同志社大学との共同研究として、医学雑誌『Glycative Stress Research(糖化ストレス研究)』に2021年に英語で掲載されました。
私はこの経験から確信を持ったんです。食べるコメを白米から金芽米に換えるだけで、医療費を下げられる。医療と食事は命を養い、健康を保つという点で、源が同じという「医食同源」の考えに適ったコメだとね。
日本では医療費の高騰が問題になっている。だから私は早速、国に働き掛けたんです。
石破茂前総理に直談判
〈金芽米で国に貢献できるはずだ。雜賀氏は期待を胸に、役所や政治家を訪ねた。〉
――前総理に直談判したそうですね。
雜賀 たまたま、石破茂さんを紹介できるという人が現れてね、総理になるずっと前ですが、石破さんに会って、金芽米の特許権を国に無償で渡すから、国の裁量で広げてほしいと伝えた。石破さんは、「うん、うん」って聞いてくださったね。「わかりました、それじゃ考えてみます」だか「検討します」という返事でね。ただ、それっきりで話は進まなかった。
農林水産省に相談したこともある。そのときには、確か「言いたいことは分かったが、それをするとお宅はどうなるのか」と尋ねられた。金芽米の特許を無償で譲渡したら、東洋ライスは儲けられなくなるじゃないかという意味でね。そのときに言うたのは、「うちは国内の需要のごく一部しか扱ってへん。コメの総需要量なんて多すぎて、とても我々だけで賄えるものじゃない。だから、全国で金芽米が広まれば、私は満足なんだ」と。「わかりました」って返事だった。
金芽米は健康的なうえに経済的。玄米からヌカを取る割合は、普通の白米なら約10%だけど、金芽米なら9%で済む。商品になるコメが1%増えるんで、精米業者にとってはものすごく嬉しいことなんです。精米に掛かるエネルギーもその分減るわけでしょう。そのうえ、金芽米はみんな無洗米だから、とぎ汁の浄化処理も必要ない。いいこと尽くめですわ。
1934(昭和9)年和歌山県生まれ。中学校卒業後、家業の精米機販売の仕事に就く。1961(昭和36)年、コメの中から石粒を取り除く「石抜撰穀機」を発明。以来、60年以上にわたり、精米機器およびコメやその加工に関する研究など技術発明に従事。その代表的な発明品には「トーヨー味度メーター」「BG無洗米」「金芽米」「金芽ロウカット玄米」などがある。
私は別に、行政や政治家に何かくれと要求しているわけじゃない。ただ技術を提供するんやから、採用してくれると思ってたんだわ。ところが、どこも提案に乗ってくれなかった。不思議だったね。
あるとき、知り合いに指摘されたんですよ。「製薬メーカーは、厚生労働省の天下り先やないか。彼らは、国民が健康になって薬が売れなくなると具合が悪い。それが本音や」と。ほんまか嘘か分からん説ではあるけど、それを聞いて、国が乗り気じゃないのも仕方がないと思ったんや。
出会いが生んだコンソーシアム
〈雜賀氏は、ならば自分でやってみようと決意する。地方自治体と連携協定を結び、金芽米を地域単位で草の根的に広げる方向に切り替えた。〉
――日本の現状に強い危機感をお持ちですね。
雜賀 日本は数々の国難を抱えてる。医療費の高騰もあって財政が破綻しかけてる。それだけ日本には病人があふれてる。食料自給率が低いという危険な状況にあるのに、コメをつくる農家はますます減る。その結果、洪水を抑止するダムとしての役割も持つ水田が荒廃してしまう……。どれも国難ですわ。
健康に寄与するために、金芽米をはじめとした「医食同源米」を使ってこの国難を解消したい。その思いから東洋ライスが発起人になって「医食同源米によって我が国の国難を解決するためのコンソーシアム(以下、医食同源米コンソーシアム)」を2023年に立ち上げたんです。
――きっかけは何だったんですか。
雜賀 大阪府泉大津市の南出賢一市長との出会いやね。新進気鋭の市長で、学校給食のコメを行政が責任をもって厳選せなあかんと考えた。医食同源の考えから、金芽米を学校給食に採用してくれたんですよ。私はそれまで、医療費が多くかかる高齢者をターゲットに考えていた。でも、一番大事なのは次代を担う子どもたちだと、泉大津市に気付かされた。そこから私もグッと舵を切りましてね。
子どもたちも大事だし、子どもを産む妊婦も大事。南出市長に「妊婦の食の改善にも力を入れなあかんのやないやろか」と提案したら、共感してくれたんや。
金芽米を活用し医食同源の観点を尊重した健康増進のために、2022年、泉大津市と東洋ライスで包括連携協定を結んだ。そして、二つの事業をすると決めた。一つは、「泉大津市マタニティ応援プロジェクト」。金芽米を妊婦が出産するまで毎月最大10キログラム提供し、家族で食べてもらうというもの。もう一つが学校給食で使うコメの保管から精米加工、流通を含めた実証実験。
南出市長は「すぐやる」と言ってくれたんだけど、行政だと議会の同意を得たり、予算を立てたりするのに最低でも1、2年は掛かるんやね。それだけの時間何もせんのは、もったいない。そこで、うちの基金を使うことにした。
2021年に創立60周年を迎えたとき、何か後世のために残さなあかんと思ってね。SDGsのために100億円の基金を用意したわけですよ。
泉大津市との連携は、最初の1年はこの基金で運営して、2年目から市に予算を確保してもらった。これを皮切りに、他の自治体との連携も増えていったね。自治体の予算の確保が間に合わない場合は、同じように基金から出したこともあった。
――連携する自治体が全国に広がっているとか。
雜賀 地元の和歌山県内をはじめ、北海道から沖縄まで全国に連携の輪が広がってる。「医食同源米コンソーシアム」に加わっている自治体が35で、ほかにも興味を示しているところや、学校給食で金芽ロウカット玄米を採用しているところもある。
私どもとしては、子どもと妊婦に優先的に金芽米を提供したいと動いてきた。自治体によっては、将来的に住民全体の主食を金芽米に換えることまで視野に入れている。
「令和のコメ騒動」 解決のカギは「熟成保管」
〈東洋ライスは、コメの保管から流通の効率化、高度化を目指して泉大津市と実証実験をしている。理由は、保管こそコメの供給不安を解消するカギだからだ。〉
――2024年にコメが店頭から消え、米価が高騰する「令和のコメ騒動」が起きました。どう受け止めていますか。
雜賀 日本の強みであるコメという食糧は、実に悩ましい問題を抱えているわけです。それは、需要と供給を合わせるのが難しいということ。
鈴木憲和農林水産大臣は「需要に応じた生産」、つまり、需給バランスをとると盛んに仰っていますね。そのためには、供給が少し上回らないかん。でもコメが余ったら値崩れするので、農家は供給過剰を怖がる。前の小泉進次郎大臣は、コメを不足させないためにも増産すると宣言したけれども、農家は「また値崩れする」と反発した。
漁業なら、船の操業を減らせるけど、コメはつくり過ぎたら、どうしようもない。年に1回しかとれなくて、集荷した後どんどん味が落ちるわけですよ。小麦やったら、パンに加工する分には多少古くなっても問題ない。コメは基本的に、その1年で食べてしまわなあかん。そういう問題を抱えてるんです。
需要にしろ、供給にしろ、非常に不安定。需要は、外国人観光客がどんだけ来て消費量が増えるか、わからん。供給も、気象条件によって豊作もあれば凶作もある。大きく変動するこの二つを合わせるのは、不可能なんですよ。コメ業界では、需給をピシャッと合わせられるのは、神様しかいないといわれてる。
でも、解決策になり得る技術がありましてね。古米はまずくなるのが常識。そやけど、我々が開発したコメを熟成させる技術を使えば、備蓄してる間も味が落ちず、逆によくなる。
1999年12月から公開実験をしたんです。コメの分野で名高い学者や行政の関係者、消費者など30人に立ち会ってもらって、小型の保管庫にコメを封印するのを見届けてもらいました。
四年後の2004年1月に封印していたコメを魚沼産コシヒカリの新米と食べ比べたんです。どれが新米と伝えずに食べてもらったら、立会人の皆さんは「どれもおいしいけど、風味や香りからして、これが新米でしょう」と、あるごはんを選んだ。選ばれたものこそ、四年前のコメ。種明かしすると、皆さん「えーっ」て、びっくりしてた。
農家の所得向上と経営の安定へ
〈貯蔵がきくというコメ本来の強みを十二分に引き出す。そんな熟成保管技術を活用すれば、農家の所得の向上と経営の安定を図れるという。〉
――貯蔵した方がおいしくなるとは、どんな技術なんでしょう。
雜賀 まだ特許申請をしてないから、詳しく言えんけども……。コメの身になって、こうしたら一番癒されるんやないかと思う環境を保管庫内に整えた。
コメは本来、イネの種子として生まれる。人間の都合で籾殻を外された玄米は、ちょうど毛皮を剥がされた「因幡の白兎」のようなダメージを受けているんじゃないか。傷ついた状態から生命力のあふれる本来の状態に戻したいと、コメと対話を続けた。
既製品の小型保管庫を自分たちで改造して、コメにとって一番心地いい状況をつくっただけ。特別なガスを入れるなんてことは、一切やっていません。自然界にあって、一番よかろうという条件を用意してみた。「エコ・グリーン・カプセル」と名付けてね。
公開実験では、玄米とBG無洗米の両方とも、熟成したコメの方が、立会人が食べても研究所で分析してもおいしいと証明された。
――プラントは安価に造れるわけですね。
雜賀 これを政府や自治体が採用する場合には、ノウハウを無償で提供しようと思うんですよ。令和のコメ騒動で放出した政府備蓄米は、低温倉庫に入れてたわけや。確かに常温で保管するよりは、味をある程度維持できるけれども、数年たつと味が落ちる。備蓄米の低温倉庫も、いくらか金をかければ、我々の技術でコメを熟成させることが可能なんです。
この技術が備蓄米といった長期貯蔵に使われたら、非常に多くの国民が恩恵を享受できる。新米も古米もなくなる。国民は常に新米を食べられるようなもの。農家は収穫したら、どんどん貯蔵したらいい。
今のままでは、5年先にコメ農家はいなくなるという危機感を我々は持ってる。熟成保管が広まれば、米価が上下しなくなる。農家は安定した収入を得られる。これまで減反で休耕していた田んぼもコメを植えて、余ったら高付加価値の商品として輸出する。そうすれば日本にとってもいいし、国際社会に対しても、健康という価値を提供できる。
米価の安定は、消費地である泉大津市の南出市長も重視していてね。市民が必要とするコメを行政がきちんと貯蔵せないかんと考えている。だから、一緒にこの構想を実現していこうやないかと、相談してるところですわ。
日本人と切り離せないコメ
〈精米機メーカーの創業者として、そして金芽米の発明者として長年コメと向き合ってきた雜賀氏。コメは日本の文化を支え、日本人の深層心理にまで影響を与える存在だという。〉
――日本にどうなってほしいですか。
雜賀 日本の治安の良さや人の温和さといった美点は保たれてほしい。国民性や文化は、主食のコメとも関係があるでしょう。コメは単なる食糧じゃなく、栄養学的にも、そして心理的にも、そこからしか得られない栄養というか滋味があるんですよ。
日本の田園風景はほんまに素晴らしいもんや。山の方でコメをつくるのは確かに大変やけど、若干費用がかかっても、残してほしいね。経済合理性だけで判断せずに。
周囲を海に囲まれて、水に不自由しない恵まれた国土。それを残し、いろんな国難を払拭し、国民には健康で幸せな生活を送ってほしい。〈完〉
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くぼた・しんのすけ
1978年福岡県生まれ。2004年日本農業新聞に入社。国内外で農政や農業生産の現場を取材し、フリーに。2024年『対馬の海に沈む』で第22回開高健ノンフィクション賞を受賞する。
提供 東洋ライス株式会社
photograph:Shiro Miyake
design:Better Days
