お笑いコンビ「爆笑問題」の太田さんは大の向田邦子ファン。全集の月報に寄稿したエッセイをまとめた『向田邦子の陽射し』からは、太田さんの思慕の念が伝わってくる。「向田さんだったら、こういう時どうするだろう?」。いまでも行き詰まると、つい向田邦子さんを頼ってしまうという太田さんに、その魅力を語ってもらった。

撮影 志水隆/文藝春秋

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向田邦子さんは、僕にとって太陽のような存在です。

 その陽射しは遠くから温かく降り注いでくるような感覚がある。でも、太陽を直視しようとすると、目がくらんでしまう。それほどの輝きを持った人だと、ずっと思い続けてきました。

最初の出会いは、ブラウン管だった

 僕が向田さんの作品に初めて触れたのは、まだ子どもの頃のことです。

 TBSの『時間ですよ』が大好きで、堺正章さんにすごく憧れていました。向田邦子という名前を意識する前から、すでにホームドラマとして自然と見ていたんです。

 その後、中学生の頃でしょうか。NHKで『あ・うん』や『阿修羅のごとく』が放送されてドラマには脚本家という存在がいるんだということを、そのとき初めて意識しました。NHKのドラマ人間模様は、冒頭に「向田邦子ドラマ」とバーンと出るんですよ。あ、これを書いているのは向田邦子という人なんだ、と。

 ちょうどその頃、直木賞を受賞されて、『思い出トランプ』を読んで、なんてすごい人なんだろうと思いましたね。

『阿修羅のごとく』の冒頭シーンは圧巻

 ベスト作品を選ぶとしたら、やはり『阿修羅のごとく』かな。これは別格だと思います。

撮影 志水隆/文藝春秋

 あのドラマは何より衝撃的でした。演出も、音楽も、役者も、すべてがうまくいっていた。

 特に忘れられないのが、冒頭のシーンです。父親の秘密を知ったいしだあゆみさんが電話ボックスの中で、曇ったガラスに、ただ「父」という字を何度も何度もなぞる、あの描写。

 セリフとしては、何も説明していないんです。なのに、ドラマ全体のテーマが、冒頭のあの一瞬にバーンと凝縮されている。

 学生時代、シナリオセンターに通って、いい脚本を書きたいなと思っていた頃だったので、再放送で『阿修羅のごとく』を観て、しびれましたね。こういうことが書けるんだ、こんな書き方があるんだ、と。

向田さんは「説明ゼリフ」を使わない

 向田さんの脚本を読んでいると、説明のセリフがないんですよ。

 だけど、言葉にしていない部分がどんどん伝わってくる。それがまさに日常のリアリティですよ。理屈で考えてそうしているというより、もう天性のものだったんじゃないかと思います。

撮影 志水隆/文藝春秋

『あ・うん』もそうです。杉浦直樹さんが、フランキー堺さん一家が来るのに備えて、掃除から何から全部用意している。男同士の友情、でもそれだけじゃない何かがある。セリフで説明しなくても、ちゃんと伝わってくる。

 向田さんにしか書けないものだと、今でも思います。

「水虫侍」――誰も挙げないエッセイに、僕は惚れた

 エッセイはどれも傑作で、一つを選ぶのは本当に難しい。

 ただ、コロナ禍に読み返していて、印象に残ったエッセイがあります。『眠る盃』に入っている「水虫侍」。向田さんがTBSでテレビのコント番組を書いていた頃の思い出話なんです。

 江戸時代からタイムスリップした侍が現代の家庭にやってきて、日本人の堕落ぶりに大騒動になる、そういうコントを思いついたんだそうです。プロデューサーの鴨下信一さんも大喜びだったのに、放送できなくなってしまった。三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹するという事件が起きたからです。コントの中に「腹を切る」というシーンがあって、これはまずいと。

 エッセイの中で、向田さんはその侍のイメージの源泉を明かしています。小学校に通っているころ、町中で見かけた男女のチンドン屋だというんです。頭にチョンマゲをのせた侍姿の男が材木に腰をおろして足の水虫に薬を塗っていた、その光景だったというんです。

 三島由紀夫は市ヶ谷で武士道を叫んで散った。でも、向田さんの中の侍のイメージは、水虫に薬を塗っているずっこけた存在だった。三島さんを正面から批判するわけでもなく、コントがオンエアできなかったという「恨み節」として書いているのに、なんともいえない温度で、侍の精神とか武士道とかに対する、向田さん自身の眼差しが伝わってくる。

 これが向田さんの視点ですよね。意外な切り口から入って、気づいたら本質まで連れて行かれている。あのエッセイは皆さんのベストには入ってこないかもしれないけれど、僕は印象に残っています。

時間がちゃんと流れている、だからリアルなんだ

 向田さんの作品の魅力を一言で言うなら、リアリティだと思います。

 きれいごとじゃない。人間って醜いし、欲望に負けることもいっぱいある。そういう世界をきちんと描いているから、胸に来るんです。

 しかも、向田さんの作品は都合よく進まない。ちゃんと食べるし、排泄もするという中で物事が起きてくる。そしてそれが、次への布石になっている。そこがすごいところですよね。

撮影 志水隆/文藝春秋

『阿修羅のごとく』で、長女の加藤治子さんが愛人と一緒にいるところへ、次女の八千草薫さんが訪ねてくる緊迫したシーン。あわてて男を送り出し、その後、ふっと姉妹で笑い合う空気が流れて、加藤さんが「うなぎでも食べましょう」と言いながら、ちょっと調子に乗った言い方で二人分を持ってくる。そこで八千草さんが「これ、誰が払ったの」とうな重をひっくり返す。

 糾弾するわけじゃない。でも、その一瞬の行為で、二人の人間の圧倒的な違いが見える。うまいとしか言いようがない。真似できないですよ、あれは。

書かれなかった作品のことを、今も思う

 1981年の8月に飛行機事故で亡くなったとき、向田さんはまだ50代でした。

 もし事故に遭わなかったら、どれほどの作品がまだ生まれていたか。直木賞を取って文壇からも圧倒的な支持を得たけれど、この人は根っこのところで、やはりテレビドラマという共同作業が好きだったんだと感じさせるエッセイがたくさんありますよね。もっとドラマを見たかったな、と思います。

向田さんは、今のテレビをどう見るだろう

 今のテレビドラマは、ずいぶん説明的になってしまいましたよね。

 向田さんが生きていたら、今のこの状況を見てどう思っただろうかと、よく考えます。そして向田さんの作品というのは、理想的な女性像として語られることも多いけれど、書かれていることは不倫だらけで、ろくな人間が出てこない。今の企画会議では通らないんじゃないかと思うようなものばかりです。

 でも、だからこそ、50年近く経った今もまだ、新しい読者が生まれ続けている。人間のリアリティを描いたものは、時代が変わっても色褪せない。

 もし向田さんにお会いできたなら、聞きたいことはただ一つです。

 どうやったらいい本が書けるのか、教えてほしい。まあ、教わるものでもないんでしょうが。

 僕の文章は説明が多いんですよ。もうちょっと説明なしに書けたらいいのにな、と、向田さんの作品を読むたびに思います。

 自分は到底及ばない。でも、もしかしたらちょっとでも近づきたい。向田邦子という太陽は、私にとってずっとそういう存在です。あそこへ進もうという目印として、今日もそこにあり続けています。

 

INFORMATION

※太田光さんのコメントは、【uncrave(アンクレイヴ)】 特別企画 【向田邦子】SPECIAL COLLABORATIONサイトでもご覧いただけます。

https://crosset.onward.co.jp/feature/260311_uncrave_kuniko_mukoda_special/

※また、9月30日(水)~10/6(火) 伊勢丹新宿店にオープンする【uncrave】POP UP STORE会場でもご覧いただけます。 https://〇〇〇〇~

撮影 志水隆/文藝春秋

阿修羅のごとく (文春文庫 む 1-17)

向田 邦子

文藝春秋

1999年1月8日 発売

向田邦子の陽射し

太田 光

文藝春秋

2011年8月19日 発売