低迷期を支えた4人のレジェンドと最多勝利に輝いた2人の名投手
●興津立雄さん(2022逝去)
●藤井弘さん(2018逝去)
●鵜狩道夫さん(2018逝去)
●池田英俊さん(2023逝去)
万年Bクラスと揶揄された1950年代後半~60年代、低迷期を支えた4人のレジェンドが同時期に天に召された。打でチームをけん引したのが興津さん、藤井さん。安仁屋宗八氏と先発の柱だったのが鵜狩さん、池田さん(サインボールなし)だった。
●金田留広さん(2018逝去)
●高橋里志さん(2021逝去)
初の日本一になった1979年に投手陣を支えた2人もお亡くなりになった。金田正一氏の実弟・留広さん。向こうっ気の強い投手として知られていたが、丁寧かつ手間をかけたサインボールから人柄が偲ばれる高橋さん。2人とも最多勝利に輝いた名投手だった。
改めて、偉大なレジェンドだと再認識
●古葉竹識さん(2021逝去)
手間をかけたサインと言えば、この人も。古葉さんのサインは多く残されているが、どれも丁寧で驚かされる。毎年、開幕日には、近所の人たちが鳴らす太鼓や鐘の音にのって自宅から出陣していた方だ。ファンを愛していたからファンにも愛されていたのだろう。
監督であるのにグッズが多いのも古葉さんらしい。前出の『風鈴』をはじめ、『貯金箱』『コースター』『かるた』など、実にさまざま。
酔いが回ってきたのか、古葉さんが選挙に出馬したときの公告まで引っ張り出してしまった。
●衣笠祥雄さん(2018逝去)
説明するまでもなく、世界の鉄人。カープの永久欠番。
入団間もないころは素行が悪く、球団に「どれがええ?」と転職リストを突きつけられたが、心を入れ替え野球道に邁進。連続出場記録が伸びるとともに、紳士的な野球哲学を立脚した。
少年時代の野村謙二郎氏が、練習試合のお手伝いをしたとき、衣笠さんの振る舞いやプレーを目の当たりにしてプロを目指したのも、その一端と言えるだろう。
衣笠さんも古葉さんに輪をかけてグッズが多い。『マグカップ』や『スープ皿』などのキッチングッズに始まり、『大型の置時計』から『2000安打記念の腕時計』、『国民栄誉賞の記念メダル』や『記念グローブ』なんて珍品もある。改めて、偉大なレジェンドだと再認識しながら盃を交わした。
机に並べた12人の他にも、個人的な調査では、この5年で、助っ人を含め計31名のOBの方々が逝去されたと推察している。
お盆も夏休みと同じくらい短い。僕たちに感動をくれた鯉戦士たちが広島の地に戻って来られ、ともに白球を追いかけている雄姿を目に浮かべつつ、もう一度、手を合わせた。
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