どうしても煙草が吸いたくなった。マンションの最上階まで上がり、非常階段の中ほどに腰を下ろしたが、ガラムの箱に突っ込んでおいたはずのライターが見当たらなかった。
だる、と舌打ちしてひしゃげた箱に残った数本の煙草を未練がましく見下ろしていると、背後から「こんばんは」と声を掛けられ、慌てて振り返る。
正人と同年代に見える女が立っていた。服装も似たような半袖のTシャツにデニムのラフないでたちで、メイクもあっさりしたものだった。女の化粧はシンプルに見えてとんでもない工数を経ている場合もあるが、そのへんの審美眼には自信がある。
「どうも……」
さっと立ち上がり、煙草を手のひらに握り込んで退散しようとすると「気にしなくていいですよ」と女は笑った。
「わたしも一服しようと思って来たんで」
確かに、両手にピアニッシモの箱と紙マッチをそれぞれ持っていた。
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source : 週刊文春 2025年10月9日号






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