昨年11月の百合子さま(享年101)の薨去後、空席となっていた三笠宮家の当主の座。このほど決定したのは、娘が家を継ぎ、母が独立するという、きわめて異例の結論だった。その背景にはドロ沼の“母娘闘争”があった。

 その高貴なる女性は、眼前の役人に声を荒らげた。

「それは、彬子の耳には入れないで」

 声の主は、ヒゲの殿下として親しまれた故・寛仁親王の妃、信子さま(70)。緊張した面持ちで相対していたのは、宮内庁の西村泰彦長官である。

独立される信子さま

 西村氏はこの夏の日、信子さまにとって悪いニュースを報告しなければならなかった。信子さまとは関係が断絶している長女、彬子さま(43)に関することだ。

彬子さまは9月末に新エッセイを上梓

 昨年11月に三笠宮家の当主だった百合子さまが101歳で薨去。それ以降、信子さまと彬子さまは、三笠宮家の次期当主の座をめぐって密かに火花を散らしてきた。西村氏が信子さまにもたらしたのは、軍配が娘に上がったという事実だった。彬子さまのお耳に入れずとも、結論が覆るはずもない。それでも咄嗟に言葉が口をついたのは、それだけその事実が屈辱的だったからだ。

 だが、信子さまも黙ってはおられなかった。その後にとられた“異例”の行動に、今度は彬子さまが激怒され――。

 9月30日、宮内庁の特別会議室に集まったのは、石破茂首相や衆参の正副議長、宮内庁長官ら8人。7年ぶりとなる皇室経済会議への出席のためだ。

皇室経済会議での石破首相

 宮内庁担当記者が語る。

「議題は、空席となっていた三笠宮家の当主について。宮家の当主になると国から支払われる皇族費が増額されるため、皇室経済会議を経る必要があるのです。この日の会議では、三笠宮家の当主を彬子さまとすることが正式決定しました。さらに、信子さまが独立して新しい宮家を創設され、その宮家の当主となられることも併せて決まりました」

 結婚により民間から皇室に入った女性が新しい宮家を創設するのは、旧皇室典範の施行(明治22年)以来、例を見ない。未婚の女性皇族が宮家を継ぐのも163年ぶりだ。だが、

「一連の決定について宮内庁側は『宮家で話し合ったこと。理由は承知していない』と言うばかり。彬子さまの妹の瑶子さま(41)が、姉が当主となる三笠宮家に残ることは明らかになりましたが、そうした決定がなされた背景については、一切説明をしようとはしませんでした」(同前)

妹の瑶子さま

 一体何が起きているのか。まずは、三笠宮家の来し方を紐解いてみよう。

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source : 週刊文春 2025年10月9日号