この連載をまとめる形で書籍化された『勝負眼』が発売になり、1ヶ月が経った。

 大型書店やAmazonランキングでは1位になったし、何度も増刷が決まり、現時点で部数は9万部を超えた。表紙の帯に「渾身の13万字」とある通り、本当に精魂込めて書いた実感があるので、嬉しい。

 私はかつて、今回と同じくプロのライターの手を借りず、自分で執筆した書き下ろしを2冊出版したことがある。『渋谷ではたらく社長の告白』と『起業家』という、どちらも自伝本だ。これを完成させるのも大変だった。ざっくりだけど、1冊あたり、書くのに30時間、推敲に30時間、合計で60時間は原稿に費やしたと思う。

 しかし、今回の『勝負眼』を書くのに使ったトータル時間はそれを遥かに凌駕する。毎週、書くのに3時間、推敲に3時間。計6時間くらいとすると、書籍にはこれを52本収録しているので、本の完成に300時間以上を費やしたことになる。それなりに忙しい社長業の傍らで書いたんだけど、この1年半、一番頑張ったのはこの原稿だと思う。連載は今も続いているから現在進行形でもある。

 もちろん時間を費やし、努力すれば読む価値のある本が完成する訳では無いのは分かっている。社内では、普段からABEMAの番組会議などで口酸っぱく「ヒットするものを作れ」「胸が張れるクオリティの作品を出せ」と高い水準を要求している手前、自分が書いた本が読む価値のないものであっては困る。

 だけど、ゲラの段階で自分で通して読んでみた時、(あれ? 結構面白いかも)と不思議と自信が湧いてきた。確信が持てた訳では無いけど、宣伝には力を入れることにした。各種メディアに出演したり、自分のSNSでも宣伝したし、文藝春秋も新聞広告や書店展開など売り出しに力を入れてくれた。

 このタイミングで、フォーエバーヤングが世界一になり、町田ゼルビアが天皇杯を優勝し、『勝負眼』にふさわしい話題が重なる幸運もあって、本の売れ行きが良い。社長を交代した今年の締めくくりに、私にとっては幸せな出来事であった。

極めて正直に、率直に

 そんな師走のある日、新宿の紀伊國屋ホールに演劇を観に行ったついでに、書店での売り場が見たくなって、3階ビジネス書のフロアに寄ってみた。すると、遠目にもわかるほど『勝負眼』がずらりと並んでいる。おそるおそる近づいてみると、自分の顔がドアップになった大量の本が威圧感たっぷりにこっちを見ている。表紙の自分と目が合って、思わず後ずさりし、そのまま回れ右して逃げ出すようにその場を離れてしまった。

 なぜか。もちろん、著者の顔が並んでいる場所に本人がいることを他の客に見られたくない気持ちもあった。でもそれ以上に、自分の内面を曝け出したものが陳列されているのを目の当たりにし、なんだか素っ裸で外に放り出されたような気恥ずかしさを感じたのだ。

紀伊國屋書店新宿本店のビジネス書フロアに並べられた『勝負眼』

 この本を書く時(つまりこの連載を書く時)、自分は極めて正直に、率直に書いていると思う。

 毎週やってくる原稿の締め切りは恐怖で、そもそも自分を絞り出すように書いていかないと、余裕がない。それに、私みたいな社長が本音を伏せて建前みたいなのを並べて書いてたら面白くもなんともないだろう。

 だから、無意識のうちにこの『勝負眼』に内面を全て曝け出してる気がして、「読んだよ」と言われると、嬉しい反面、気恥ずかしさを覚えるのだ。でも考えてみると、今ではすっかり無意識にやってるけど、「率直に言う」というのは、創業来、普段から最も心がけていたことだった。

バレバレにするメディア

 インターネットの普及と時を同じくして社長になった私は、当時から時代の変わり目を感じていた。

 それ以前は、「社長は偉い人」というのは世の中で通念とされてたし、実際、自分が特別な人間のように大上段から語る社長や、綺麗ごとばかり言う社長が多かった印象がある。

 ところが、インターネットがそれを許さなくなった。綺麗ごとばかり言っていても、実態が違えば、社内から社外からそれが漏れてくる。偉そうにしていても、偉くないことはすぐバレるし、賢そうに振る舞っても、ネットを通じて頭の程度はすぐバレる。つまり、新たに登場したインターネットは社長をバレバレにするメディアだったのだ。

 若くして社長になった私は、それに気づき、自分を大きく見せようとか、賢そうに振る舞おうとするのをやめた。四苦八苦しながら会社を立ち上げる様をネットに書き綴ったりして、等身大であり、身の丈を伝えた方が、むしろ社内外に対して共感と信頼が得られ、仕事がやりやすいことを経験の中で学んでいったのだ。

 でも、会社が大きくなるにつれて、綺麗ごとが求められる機会も増えてきた。イチ企業の社長というより政治家のように社会全体を良くするような発言を期待される。普段から率直であることを心がけて生きていると、なんかしっくりこないなと思っていた矢先、エイベックスの松浦勝人さん(現会長)の言葉を聞いてハッとした。「(インタビューで)若い起業家を励ますメッセージをくださいって言われるんだよ。ねぇよ!」と。

 なんて正直なんだろう。私も何度、同じことを聞かれただろうか。でも、いつも違和感を抱いていた。同じ立場だから言わせてもらうと、若手起業家なんて生意気で恩知らずなやつも多いし、競合に育つ可能性もあるのに、なんで励まさないといけないんだろう。自分の言葉としても嘘くさい。投資先なら全力で励ますし、応援する。それが普通のことであって、本音だと思う。

 自分の会社が儲かったら嬉しいし、損したら悔しい。自分の本を出して売れたら、もちろん嬉しい。言わなくて良いことをわざわざ言う必要はないけど、建前や綺麗ごとで誤魔化して、嘘くさい話をする社長にはなりたくない。

 もう会長になったけど、今後も率直に、ありのままをここに綴っていこうと思っている。

(ふじたすすむ 1973年福井県鯖江市生まれ。97年に青山学院大学を卒業。98年にサイバーエージェントを創業し、2000年には史上最年少社長(当時)として東証マザーズに上場。現在はインターネット広告やゲーム、メディアなど多角的に事業を展開。25年12月、会長に就任。)

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source : 週刊文春 2026年1月1日・8日号