前回、上杉氏を軸として展開した東北の「関ヶ原」をみてきましたが、今回、舞台となる九州で主役を演じたのが黒田官兵衛です。官兵衛は通称で、諱は孝高、この時期には如水を名乗っていました。なお宣教師によると、官兵衛の読みは「カンノヒョウエ」。イメージが変わります。
第1話の冒頭で、豊臣秀吉の死を受けて、慶長3(1598)年9月に、この如水が吉川広家に送った書状を紹介しました。そして、石田三成らのクーデター以後、吉川広家、小早川秀秋など毛利系の大名を、徳川方につける外交戦の要を担ったのが、如水の嫡男である黒田長政です。
なぜ黒田氏が対毛利の調略を担ったのか。その理由は、如水のキャリアにあります。前にも触れましたが、改めてみていきましょう。
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source : 週刊文春 2026年1月29日号






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