いつもの固定電話番号から着信があったのは、9月2日夕刻。スマホの向こうで、張本勲の矍鑠とした声が響く。交流のあった会社社長の小林由美が振り返る。
「赤坂の行きつけのお寿司屋さんを予約したという連絡でした。9月14日に共通の友人を交えて3人で食事をしましょうと。訃報を知ったのは、お電話をいただいた1週間後。信じられませんでした……」
あまりにも突然の別れだった。9月9日、野球解説者でスポーツ界の“御意見番”としても知られた張本が逝った。享年86。
「8月も焼肉店にご一緒したばかりで。耳が少し遠くなり、携帯電話を持つのをやめていましたが、とてもお元気だったんです」(同前)
張本は1959年、浪華商業高(現大阪体育大浪商高)から東映(現日本ハム)に入団。巨人、ロッテと3球団を渡り歩き、7度の首位打者に輝いた。幼少期の火傷事故で右手の薬指と小指が使えないハンデを抱えながら、23年間の現役生活で積み上げた安打数はNPB記録の3085本。国内で唯一、3000本安打を達成したレジェンドだ。
71年2月、ドラフト外で東映に入団した野球解説者の江本孟紀が語る。
「途中合流した春季キャンプでフリー打撃に初登板した私は、緊張や調整不足でストライクが入らなかった。主力選手は怒って打撃ケージを出てしまったが、張本さんはどんな球も打ち返してくれ、やがて私の制球も定まってきた。あそこで張本さんに怒鳴られていたら、新人の私は自信を失って消えていたかもしれない。持ち直すきっかけをくれた張本さんには感謝しています」
巨人への移籍は76年。同学年の王貞治と“OH砲”を組み、長嶋茂雄監督のリーグ初優勝に貢献した。同年プロ入りした巨人OB会会長の中畑清が回想する。
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source : 週刊文春 2026年9月24日・10月1日号
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