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第16回 岸田首相に期待するのは「何もしないこと」

三木谷浩史「未来」

三木谷 浩史
ビジネス 社会 経済 企業 テクノロジー 医療

(みきたにひろし 1965年神戸市生まれ。88年に一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。退職後、97年にエム・ディー・エム(現・楽天グループ)を設立し、楽天市場を開設。現在はEコマースと金融を柱に、通信や医療など幅広く事業を展開している。)

岸田首相は「新しい日本型資本主義」を掲げるが……

 僕はIT企業を中心に作る経済団体「新経済連盟」の代表理事を務めている。2012年に活動を開始した団体だが、新経連が主張している内容はとてもシンプルだ。

「民でできることは民に」

 金融やIP(知的財産)、エネルギー政策や人材、さらには移民政策とダイバーシティの重要性、教育改革まで――。僕らの提言のテーマは多岐にわたるが、全てが最終的にこのキーワードに集約されると言ってもいい。

 なぜ「民でできることは民に」なのか。

 先日行われた総裁選でも、この言葉を掲げた一枚のA3ペーパーを持って、各候補を訪ねて回った。

「我々の考えている成長戦略をぜひ説明させて下さい」

 皆さん、僕らの話にかなり真摯に耳を傾けてくれたと思っている。ただ、総裁選では「イノベーションをガンガン起こしていくんだ」ということを公約に掲げる候補はいなかった。こうした地道な活動が、いずれ実を結ぶといいのだが……、やはり政治家や官僚と話をしていて思うのは、あまりに「未来」を見ていない人が多いということだ。

 例えば、自動車産業の「未来」を見据えた時、間違いなくガソリン車は消えていく運命にある。ビジネスの世界にいる僕からすれば、それは必然的な「時代の流れ」だ。むしろ、そうした「未来」を先導できる立場をいかにして築いていくか。という視点で考えなくてはいけない。

新経連でのロビー活動

 ところが、政治家や官僚は違う。彼らが言うのは、「では、ガソリン車が生き残れるような策は何かないか」といったことばかり。「現状をどうすれば維持できるか」という発想から抜け出せずに、ああでもないこうでもないと時間を浪費する場面に、何度出くわしたことだろうか。

 特に官僚はその傾向が顕著だ。エネルギー政策や物流、自動運転に向けた交通インフラのレギュレーション……どれも、僕には「いま変えなければ、いつ変えるのか。世界から大きな遅れを取ってしまう」と思える。それでも彼らは、ドラスティックな変化をとにかく嫌う。政策の「良い」「悪い」ではなく、これまで予算を費やしてきた物事の一貫性を何より重要視するからだろう。

 ただ、僕が新経連を作ってまで政治家へのロビー活動を続けてきたのは、そうはいっても、その閉塞した状況を変えるには、政治の力が欠かせないからだ。だから、自民党や公明党の政治家、それから立憲民主党、国民民主党、維新の会、野党の政治家とも話をしてきた。与野党問わず、政治家たち――とりわけ新しい世代のリーダーに持って欲しいのは、何より「未来志向」で政策を考えるという視点だ。

 確かに、日本の政治家は、ミクロな政策での「一点突破」は得意だと言える。菅政権も携帯電話料金の値下げやワクチンの職域接種では、かなり強い突破力を発揮した。その点については、素直に評価したい。喜んだ国民も少なくないだろう。

 だけど、日本の政界では今もなお、「駅前でビール箱に乗って、毎日演説することが当選に繋がる」というような価値観が支配的だからだろうか。「この国をどうしたいのか」というグランドデザインを見せてくれる人があまりに少ない。逆に政治家に限って、ことあるごとに「日本型」や「日本流」という言葉を口にする。でも、そうした内向きの言葉で何かを誤魔化すようなやり方はもうやめるべきだ。

 岸田文雄さんが10月4日、臨時国会で正式に首班指名を受け、第100代の総理大臣に就任した。

 こういうタイミングで、よく聞かれるのが「次のリーダーに何を期待するか」という質問だ。けれど、そうした問いへの僕の答えはいつも決まっている。

「国のリーダーに対して、『何かをしてほしい』と期待しているようなことは何もない」

 それが、僕の政治に対する基本的なスタンスだ。言い換えれば、「何もしないことを期待している」と言ってもいいかもしれない。

 理由は明確だ。

 世界はいま、凄まじい速さでパラダイムシフトしている。そうした時代にあって、イノベーションをリードするのは民間の力だ。

 例えば、かつては国家的な事業だった「宇宙開発」の分野。これまではアメリカならNASA、日本ならJAXAという具合に「官」の側がリードしてきた。でも、今は違う。宇宙開発でさえ、スペースXやブルーオリジン、ヴァージンなど民間企業がリードする時代になっているのだ。

成長戦略会議の乱立

 そうした中で、日本だけが、まるで昭和の高度経済成長期のような保護主義的な政策を続けていればどうなるか。短期的には国によって守られた「業界」も、中長期的には必ずや弱体化し、ひいては、国全体の国際競争力が次第に損なわれていくに違いない。

 だからといって、経済財政諮問会議とか規制改革推進会議とか、成長戦略を考えるような会議を幾つも作ればいいというものではない。会議が乱立すればするほど、パワーは分散される。経産省あたりの“やってる感”だけが高まるだけで、結局、何も前には進まないのが現実だ。

 僕ら実業家(アントレプレナー)が求めるのは、そうした「箱」じゃない。フェアでオペレーションコストの低いプラットフォームだ。それさえあれば、その中で適切な競争が繰り広げられ、技術だってどんどん発展していく、と信じている。

 改めて言う。

 民でできることは民に――。

 それこそが、国家主導型の資本主義からの脱却という、僕が描く「グランドデザイン」だ。

 民間の力を存分に生かし、イノベーションが成長をドライブする国を作っていくのか、それとも古い仕組みの中で徐々に衰退を続けるのか。

 それが、政治に、岸田新政権に問われている大きなテーマだ。

source : 週刊文春 2021年10月21日号

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