週刊文春 電子版

兵庫児童放火殺人 失踪の伯父が語っていたこと

「週刊文春」編集部
ニュース 社会

 手を繋いで通学するほど仲良し兄弟だった2人の遺体は、焼け落ちた木造住宅の1階で、離れ離れになって発見された。

 万葉集に「いなみ野」と詠まれた兵庫県稲美町。ため池が広がる田園地帯に火の手が上がったのは、11月19日午後11時50分頃。燃え盛る炎は瞬く間に、約220平米の木造一軒家を飲み込んだ。

焼け落ちた家

 焼け跡に残されていた遺体は2つ。この家に住んでいた小学6年生の兄と小学1年生の弟と見られる。彼らは父(58)と母(49)、母の兄に当たる伯父・A氏(51)の5人で暮らしていた。

 当日、父は仕事帰りの母を迎えに行くため車で外出。火災が発生したのは、それから20分後のことだった。

「死因は急性一酸化炭素中毒。焼け跡に残された繊維の燃え滓からガソリンの成分が検出され、放火殺人の線が浮かんだ。県警は何者かが屋内でガソリンをまいて火を付けたとみて、現住建造物等放火容疑で捜査本部を設置。火災の直後に徒歩で外出したA氏を、重要参考人として行方を追っています」(社会部記者)

 2児の母は、広大な田畑を所有する先祖代々の米農家の、4人きょうだいの次女として生まれた。

「20代前半で結婚し、1児をもうけた彼女は数年後に離婚。その後、今の夫と知り合い、現場となった実家に移り住む」(近隣住民)

 経済的に困窮する時期もあったが、夫婦を支えたのは息子たちの存在だった。父は〈息子の成長と家族日記〉と題し、Facebookに写真を日々アップしていた。今年9月には、兵庫県美方郡のキャンプ場に家族旅行。事件の約1カ月前の10月24日には、京都の金閣寺や太秦映画村に家族4人で出かけている。

「家族仲は良く、クリスマスには家にイルミネーションの装飾をし、夏にはバーベキューをしていた。お兄ちゃんは優しくて弟の面倒をよく見ていました」(同前)

 稲美町の広報誌(17年8月発行)には、2人が笑顔で野球のバットやグラブを持つ写真が載っている。

「中学に行ったら一緒に野球部に入ろうって約束していたのに」(兄の同級生)

 一方でA氏は長年、1人暮らしを続けていた。

「彼は地元の中学校を卒業後、神戸市内の寝装品の製造会社に就職する傍ら、夜間学校に通っていました。その後、大阪市内の会社に勤務。独り身やった」(知人)

 06年9月、A氏らきょうだいの父が死去すると、長男のA氏は実家の土地を相続。約1年前に妹夫婦が暮らす実家に出戻った。仕事はしておらず、家にこもりっきりだったという。

 火災翌日の朝6時半頃、夫婦は友人に対し、A氏と住むようになった経緯をこう明かしていた。

「毛布にくるまれた両親は、捜査員たちの活動を見ながら簡易椅子に座って、コーヒーをすすって暖をとっていました。息子たちを案じて真っ青になった旦那さんは、A氏について『コロナ禍で仕事もなくなり、体調も悪いというので、大阪から連れて帰ってきたんや』なんて言うてました」

 間もなく奇妙な共同生活は破綻を迎える。A氏は妹夫婦に対して、こう“願望”を口にするようになったのだ。

「財産も金も譲る。この土地も譲るから、生活保護を受けて生きていきたい」

 だが、家はA氏のものだ。財産があれば当然、生活保護は受けられない――。

 焼け落ちた家から失踪したA氏は、心に何を抱えていたのか。残された夫婦は、悔恨の念にかられていると、前出の友人が語る。

「旦那さんは長年セールスの仕事をしていたが、今年6月に高血圧で働けなくなった。2カ月間の有給休暇も使い、『今は失業保険で生活しているんや』と言っていた。それで奥さんは『自分が働かないといけないんや』となり、あの日も遅くまで勤務していた」

 火災当日、スーパーで働く母は午後4時~深夜12時まで仕事が入っていた。父はこう悔いていたという。

「夜11時半に家を出た。たまたま迎えに行くことになっとってん……」

 アンパンマンに囲まれた息子の写真をFacebookにアップした母は〈生まれてきてくれて、ありがとう〉という言葉を添えた。子供たちの笑い声が消えた家は灰燼と化し、煤の臭いだけが漂っていた。

現場周辺を調べる捜査員

source : 週刊文春 2021年12月2日号

文春リークス
閉じる