日本有数の繁華街、北新地のビルが黒煙に包まれた。30分で火は消し止められたが、25人もの命が奪われる惨劇。ガソリンを撒き、火を付けた男は逃げることなく、炎に包まれた。一体、何が彼を犯行へ駆り立てたのか。

板金工場で勤務していた頃の谷本

 日焼けした浅黒い肌に、薄汚れた作業服。いつも決まった風体の男が大阪・北新地の堂島北ビル4階にある心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」に頻繁に姿を見せるようになったのは、2019年頃のこと。その男には、他の患者にはない特徴があった。当時、クリニックで働いていた元スタッフが証言する。

「いつもお酒の臭いを漂わせているので、600人いる患者さんの中でも記憶に残っています。普通の患者さんは診察券を診察券ボックスに入れてくれるんですが、あの人はホンマに雑。酔っ払っているからなのか、目の前のカウンターに診察券をバーンと置き、そのまま椅子に座ってしまうんです」

 折しも同年7月、36人もの命を奪った京都アニメーションの放火事件が発生。クリニックを訪れていた男は“心中”の欲望を、人知れず育んでいった――。

 火の手があがったのは、12月17日午前10時15分。炎はフロアを瞬く間に包み込み、窓からは黒煙が噴き出し、27人が心肺停止で救急搬送された。

ビルの窓は焼け焦げて黒く変色

 間もなく被疑者として浮上したのは、クリニックの患者で、大阪市西淀川区の住宅に住む無職の谷本盛雄(61)。火災から遡ること30分前、谷本はもう一件の放火事件を起こしていた。

「当日朝、谷本は自宅の2階部分に火を付けた後、自転車で30分かけて北新地を目指した。クリニックに到着すると、ガソリンの入った紙袋を暖房器具の近くで蹴り倒して火をつけた。自ら起こした火災により大火傷を負い、重度の気道熱傷で現在も重篤な状態。防犯カメラには火を付けた後、出入り口をふさぐように立っていた映像も残されていた」(社会部記者)

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source : 週刊文春 2021年12月30日・2022年1月6日号