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NHK密着番組が捏造 クローズアップ河瀬直美 「五輪反対デモは金で動員」

「週刊文春」編集部
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 NHKが謝罪に追い込まれた捏造番組。「五輪反対デモ参加者は金をもらっていた」旨の字幕には明確な敵意が透けて見えた。「招致したのは私たち」と語り、放送後の炎上にも沈黙を貫いた河瀬氏とは、どんな人物なのか。

 

▶︎安倍昭恵夫人が対談熱望

▶︎「私は鬼」女優を泣かすイジメ演出

▶︎厳格で名高い局内試写スルーの怪

▶︎前夫はNHK有名ディレクター

森組織委会長(当時)と武藤同事務総長(右)に挟まれる河瀬氏

「これはマズイだろ……」

 年の瀬も押し迫った昨年12月26日。あるNHKディレクターは、放送を見て絶句した。同僚たちも口々に「あれはヤバいね」と囁きあった。年が明け、1月9日。案の定、NHKは謝罪に追い込まれた。

 BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」。東京五輪の公式記録映画監督を務める河瀬直美氏(52)にNHKが密着したドキュメンタリーだ。

NHKの当該番組より

 番組中盤、冒頭のNHKディレクターならずとも目を疑う、不可解なシーンが流れた。カメラを持つのは河瀬氏の映画学校時代の教え子で、公式映画の撮影を手伝う映画監督の島田角栄氏。そのカメラの先には、

〈五輪反対デモに参加しているという男性〉

デモに「参加」も捏造

 という字幕と共に現れたTシャツ姿の中年男性。NHK側クルーは、二人の会話を少し離れたところから撮影している。直後、

〈実はお金をもらって動員されていると打ち明けた〉

「お金をもらった」も捏造

 という、もし事実なら衝撃的な字幕が突如流されたのだ。ところが、その後の島田氏の男性へのインタビューでは、そのような言葉はまったく語られない。そのため、放送直後からSNS上などでも、「捏造ではないか」などと疑問視する声が上がりはじめた。

 今回NHKは、視聴者の指摘を受けて1月に再び男性に取材し、五輪反対デモ団体との金銭授受はおろか、「男性が五輪反対デモに参加していたかどうか」すら、男性の記憶が曖昧で確認できないとして、謝罪した。事実上、字幕が捏造だったと認めたのだ。

「番組の担当ディレクターのY氏は大阪放送局所属で、今年40歳になる元ラガーマン。報道局スポーツ番組部で『サンデースポーツ』などを長く担当し、サッカーW杯や五輪で選手の密着取材を行ってきた。報道系の経験が乏しく『証言の裏を取る』という意識が無かったのでしょう」(別のNHKディレクター)

 だが、事はY氏のミスという単純な問題ではない。

「NHKでは放送前に、複数回にわたって厳格な試写が行われる。15年にクローズアップ現代の『出家詐欺』でヤラセが発覚した苦い経験もあるため、プロデューサーやその上司が目を皿のようにして確認します。問題の場面は、その試写ですらスルーされてしまったことになる」(同前)

 なぜ、試写で気付くことができなかったのか。

「番組はBSでの放送でしたが、地上波に比べてディレクターの権限が強い。視聴率も概ね1%弱なので、チェックが甘いのも確かです」(NHK職員)

 これまでも、NHKは数々の“東京五輪擁護”が指摘されてきた。

「昨年1月、五輪開催の是非を議論する予定だったNスぺ『令和未来会議』が直前で3月に先送りに。四月には聖火リレー中継で入った『五輪反対』の声をカットするため、30秒ほど無音放送にしたこともありました。前田晃伸会長ら一部上層部が五輪開催に強い意欲を示す菅義偉首相(当時)に忖度したのでは、と批判を浴びてきた」(同前)

バッハ氏の広島訪問にも密着(NHK当該番組より)

 賛否があったコロナ禍の五輪開催を「是」とする姿勢を強く打ち出してきたNHK。そのNHKが今回番組で取り上げたのが、河瀬氏だ。番組ではIOCのバッハ会長と親しげにハグする様が映し出されたほか、河瀬氏がカメラに向かって「五輪を招致したのは私たち」と発言する場面も。

「開催が決まった2013年のIOCの調査ですら、日本国民の東京五輪の開催支持率は7割弱。国民みんなが招致を望んでいたわけではない。そのうえ新型コロナの流行という未曾有の事態も起こったわけです。河瀬氏のこの発言には批判が集まり、SNS上では『五輪を招致したのは私達ではありません』というハッシュタグを付けた投稿が拡散されました」(放送担当記者)

 東京五輪の記録映画といえば、1964年大会では巨匠・市川崑が務めた大役。なぜ彼女はその重責を担うことになったのか。

 1969年、奈良県に生まれた河瀬氏。奈良市立一条高校から大阪写真専門学校(現・ビジュアルアーツ専門学校)に進み、8ミリ映画と出会う。家庭の事情で大叔母夫婦に育てられた自身が、生涯一度も会ったことがなかった父親を捜すプロセスを記録した作品を発表し、注目を集めた。

 スターダムに上ったのは97年、27歳のとき。初の商業作品「萌の朱雀」で、カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞した。

「この作品は奈良県の旧西吉野村で撮影されました。このとき河瀬氏が主演に抜擢したのが、地元の中学生だった尾野真千子。この作品を契機に、尾野は女優を目指して上京することになった」(映画ライター)

「小豆の声を聞いて下さい」

 私生活では28歳で「萌の朱雀」のプロデューサー・仙頭武則氏と結婚するが約3年で離婚。その後、当時妻帯者だったNHK局員と暮らし始め、04年、妊娠を機に入籍している。

「この夫はNHKでも有名なディレクターだったのですが、数年前に別れたそうです」(NHK関係者)

 07年には「殯(もがり)の森」がカンヌでグランプリを受賞。その2年後、カンヌ映画祭に貢献した監督に贈られる「カロスドール(黄金の馬車賞)」を日本人として初めて受けるなど、カンヌに愛され続けてきた。

 その作品作りは、きわめて厳しいことで知られる。

「俳優を“河瀬ワールド”に没入させるのが、彼女のやり方。家族役ならクランクインの前から共同生活をさせて、役名や『お父さん』などと呼ばせるのです。加えて『小豆の声を聞いて下さい』などと感性を重んじる演技指導をする。これには『あん』(15年)に出演した樹木希林が『この女の監督の仕事はしんどい』と会見で語っていました」(同前)

 河瀬氏自身も「殯の森」で再び起用した尾野について、小誌の「阿川対談」でこう明かしている。

〈河瀬 (略)夫との別れのシーンを撮るまでは彼女を無視してたんです。

 阿川 それって、イジメ?

 河瀬 うん、イジメ(笑)〉(07年10月11日号)

 また、「朱花(はねづ)の月」(11年)の主演女優にはこんな仕打ちも。

〈鬼ですね。今回もヒロインの女性をだいぶ泣かせてしまって、彼女、逃げるように現場を去っていきました(笑)〉(「週刊朝日」11年9月9日号)

 自身も「鬼」と認める“イジメ演出”。こうしたストイックな作品作りの一方で、常に強烈な上昇志向を持ち続けてきたという。

「河瀬氏は13年、日本人の映画監督として初めてカンヌの審査員に選ばれました。じつは過去にオファーがあった日本人監督もいるのですが、断っています。時間の制約もあるし、大変な仕事ですから。それでも河瀬氏は引き受けたのです」(映画業界関係者)

 あるとき、河瀬氏が世界的に評価の高い海外の俳優とパーティで同席する機会があった。だが河瀬氏は、その俳優を知らなかった。周囲から評判を聞かされた河瀬氏は即座に近付き、

「昔からあなたのファンなんです。今度、あなたの映画を撮らせてください!」

 と猛アピールして、周囲を唖然とさせたという。

 河瀬氏は、権力に近付くことも厭わなかった。

「『殯の森』がカンヌでグランプリを獲った際には、甘利明経産相(当時)を表敬訪問しています。上映館数の少なさを指摘した甘利氏に、河瀬氏は『地方自治体のホールなどで上映してもらえれば』と応じ、甘利氏から経産省が支援する趣旨の発言を引き出しました」(文化部記者)

 そんな彼女に“あの人”もラブコールを送った。

アッキーもラブコール

「当時首相夫人だった安倍昭恵氏です。昭恵氏は15年の『あん』のプレミアム試写会に竹田恒和JOC会長(当時)らと共に出席。作品に感動し、週刊誌『AERA』編集長に『河瀬監督と対談がしたい』と売り込んだ。対談は首相公邸で行われました」(同前)

 そして――。18年10月、河瀬氏は東京五輪の記録映画の監督に就任するのだ。これには業界内でも驚きの声があがったという。

「意外な人選だと思いました。当時、宮崎駿監督や北野武監督の名前は挙がっていましたが、河瀬氏は“大穴”。カンヌでの受賞歴は華々しいが、日本国内での実績はそこまでとは言えませんでしたから」(映画ジャーナリストの大高宏雄氏)

 この抜擢も、河瀬氏が辣腕で引き寄せたものだった。組織委関係者が語る。

組織委理事の蜷川実花氏も仲良し

「河瀬氏は、公式映画の監督をやりたいと組織委側に猛烈に売り込んでいました。組織委の理事の一人に、河瀬氏と仲の良い写真家の蜷川実花氏がいた。河瀬氏は蜷川氏を通じて、森喜朗組織委会長(当時)や財務省から組織委に出向中の中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサーといった幹部の知遇を得たのです」

 河瀬氏、蜷川氏、森氏に書面で尋ねたが、いずれも「事実ではありません」と否定した。

 前出の組織委関係者が言う。

「IOCからのオーダーは『国際的に活躍している日本人監督を』でしたから、河瀬氏抜擢にも異論はなかったでしょう」

 25年の大阪万博のシニアアドバイザー兼テーマ事業プロデューサーを務め、昨夏にはバスケ女子日本リーグの会長に就任。昨秋にはユネスコ(国連教育科学文化機関)の親善大使に日本人女性で初めて選ばれるなど活躍の場をさらに広げる河瀬氏。今回、NHK側は「NHKに全ての責任があり、河瀬氏の責任ではない」と強調し、火消しに躍起になっている。

 だが、疑問は残る。河瀬氏はNHKに長期密着を許し、放送前は自身のHPやSNSで「ぜひご覧ください」とアピールするなど、同番組はまるで共同プロジェクトの趣だ。番組に捏造があれば、公式映画の前評判にも直結する重大事なのに、放送から半月の間、抗議などを表明することもなく、NHK謝罪後の1月10日に「本当に残念」などとコメントするだけだった。

「NHKと河瀬氏とは“蜜月”関係。『殯の森』はNHKの子会社が制作協力し、NHKBSハイビジョンで劇場公開前に異例の放映をしました」(前出・NHK関係者)

 今回も、河瀬氏がNHKを使って自身を宣伝しようとした面は否めない。

 実際、河瀬氏はかつてこんな行動に出ていた。20年末、演出振付家のMIKIKO氏が五輪開閉会式の責任者の座を奪われ、佐々木宏氏のもとで演出チームが再出発したときのことだ。

「この際の会見に河瀬氏は『公式記録映画の撮影班を入れたい』と要請。会見を公式映画に使ってほしくなかった組織委側は渋々承諾したのですが、このとき河瀬氏が連れてきたのが、なぜか公式映画撮影班ではなく自身の密着番組のカメラマンだったのです。会見では河瀬氏が質問をしていましたが、そうした姿を流してもらいたかったのでは」(別の組織委関係者、河瀬氏は事実関係を否定)

 開会式に関わる人の交代、炎上など、トラブル続きだった東京五輪。それを見つめ続けた河瀬氏も、負の連鎖に搦め捕られてしまうのか。6月封切りの映画で、真価が問われる。

source : 週刊文春 2022年1月20日号

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