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カザフスタンで何が?|池上彰

池上彰のそこからですか!? 第509回

池上 彰
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 中央アジアのカザフスタンで、政府への抗議行動が激化し、ロシア主導の治安部隊が鎮圧に派遣される事態になりました。治安部隊は、その後、引き上げたと報じられていますが、抗議行動を機に、今度は現職の大統領が前大統領を批判。これまで政情が安定していたカザフスタンで異変が起きています。

 カザフスタンは、かつてソ連を構成していた15の共和国のひとつ。当時は「カザフ・ソビエト社会主義共和国」と呼ばれていました。「共和国」という名称を見ると、まるで独立国家のように思えますが、実態はソ連共産党に支配されたソ連の一部でしかありませんでした。

 1991年にソ連が解体したことで、独立国家になりました。「スタン」とは「~の国」という意味で、カザフスタンとは「カザフ人の国」を意味します。カザフ人はトルコ系の民族で、国民の多くはイスラム教徒です。ただ、ソ連時代、宗教が抑圧されていたこともあり、カザフスタンとして独立した後も、必ずしも宗教色は強くありません。朝鮮族も多く住み、私が2012年にカザフスタンに取材に入ったときは、豚肉を食べさせる朝鮮料理の店も多くありました。

 なぜ朝鮮族が多く住んでいるのか。それは、1937年にスターリンが強制移住させたからです。ソ連は朝鮮とも国境を接し、国境沿いに朝鮮族が住んでいました。日ソ関係が緊迫する中、病的に猜疑心の強かったスターリンは、ソ連国内の朝鮮族が日本軍の味方をするのではないかと疑い、カザフに追放したのです。

 同じくスターリンは、第二次世界大戦でドイツ軍の侵略を受けると、チェチェン人たちがドイツの味方をするのではないかと恐れ、チェチェン人もカザフに強制移住させています。当時のソ連にとって、カザフは砂漠の不毛の地。敵に回るかも知れない民族を追いやっておくには適した場所だと考えていたのです。

 その結果、現在のカザフスタンは、多民族が住む国家になっています。

 また、ソ連時代の核実験場になったのもカザフのセミパラチンスクでした。さらにバイコヌールはソ連の宇宙ロケットの発射場でした。ソ連が崩壊した後、ロケット打ち上げはロシアが担当するようになりましたが、国際宇宙ステーションへのロケット打ち上げの基地としてカザフスタンから土地を借りています。実業家の前澤友作さんらが打ち上げられたのも、このバイコヌールでした。

 このカザフスタンで今回、LPG(液化石油ガス)の価格が高騰。これに国民が怒り、抗議行動が発生し、一部で暴動に発展しました。

 実はカザフスタンは産油国。石油開発にアメリカ資本を導入して海外に石油を販売し、経済を発展させてきました。その一方、国内に関しては、国民の人気を得るためにLPGの上限価格を定めてきました。しかし、アメリカの石油産業は、カザフ国内向けの価格は上限があるため、より高く売れる海外向けを増やし、国内では燃料不足が起きていました。このため政府は上限価格を撤廃したというわけです。

「国父」への不満爆発

 カザフスタンは、ソ連時代、ヌルスルタン・ナザルバエフがカザフ共和国大統領でしたが、独立後は、そのまま独立国家の大統領に横滑り。以後、2019年に辞任するまで実に28年間にわたり大統領を務めました。2010年には「国民の指導者」という称号まで得て、「国父」として君臨してきたのです。

 2019年に辞任する際には、自分の側近の上院議長だったカシムジョマルト・トカエフを後継者に指名。トカエフは大統領選挙で勝利しました。その後、首都の「アスタナ」(カザフ語で首都の意)の名称を前任大統領の名前の「ヌルスルタン」に改称する法案に署名しました。自分を後継者に指名してくれたことへのお礼をしたのですね。

 その後もナザルバエフは大統領の座は譲ったものの国家安全保障会議の議長として最高権力を握り続けました。いわば院政を敷いたのです。長期政権は政治腐敗を生みます。今回の抗議行動は、こうした長期政権への不満の表われだったのです。

 抗議行動が暴動に発展すると、トカエフ大統領はロシアに助けを求めました。実はカザフスタンは、ロシアが主導する旧ソ連圏の軍事同盟である「集団安全保障条約機構」(CSTO)に加盟していて、そこの部隊の支援を要請したのです。

 CSTOの現在の加盟国はロシアのほかアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタンです。加盟国が攻撃を受けた際には集団的自衛権を行使します。

 東西冷戦時代にはソ連と東欧諸国による軍事同盟であるワルシャワ条約機構がありましたが、冷戦終結後に解体しました。その後ロシアは周辺地域への影響力を保つためにCSTOを発足させていたのです。

 今回は早速五か国の治安部隊がカザフスタンに派遣されましたが、中心部隊はもちろんロシア軍の特殊部隊でした。2014年、ロシアがウクライナのクリミア半島を占領する際に送り込まれた精鋭部隊と見られています。

 かつて冷戦時代、チェコスロバキアで民主化運動(「プラハの春」)が起きると、ソ連軍を中心としたワルシャワ条約機構軍がチェコに進軍して民主化運動を踏みつぶしました。その現代版が展開されたのです。今後も加盟国で政府を批判する動きがあれば、何が起きるかを示したというわけです。

 一方、この騒動を受けて、トカエフ大統領は、ナザルバエフに代わって自らが国家安全保障会議の議長に就任し、ナザルバエフを批判しました。せっかく自分が大統領になったのに、自分の頭を押さえていた人物を厄介払いするチャンスと考えたのでしょう。

 今後のカザフスタンは、民主化運動は弾圧されながら統治構造の変化が起きることになりそうです。

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2022年1月27日号

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