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キャンセルとリモート|林真理子

夜ふけのなわとび 第1730回

林 真理子
ライフ ライフスタイル

 今日は朝から美容院へ行き着物を着た。前から楽しみにしていた、歌舞伎座での“初芝居”である。

 人気役者中村獅童さんのご子息が、初お目見えということですごい話題になっている第一部の舞台だ。4歳のお子さんが奴(やつこ)姿で出てきて、その愛らしいことといったらない。場内割れんばかりの拍手である。

 家に帰ったら、ロビイで会った友人からLINEが入っていた。

「さっき一部の関係者にオミクロンが出て、明日はとりあえず休演だって」

 ひえーッという感じ。オミクロンがついそこまで来ているとは。

 が、このオミクロン、まだ正体がはっきりしていないゆえに、情報が錯綜。何が正しいのかまるっきりわからない。

 テレビを見ていたら、専門の医者が、

「オミクロンは感染してもほとんどが軽症と言われているが、重症者が出てくる可能性がある。そして重症者が増えることにより、医療体制が逼迫することもある」

 だって。

 これだったら私にも言える。

 このあいだまでコロナがちょっと一段落して、昨年出来なかった忘年会や新年会の予定がどっと入ってきた。2月の末ぐらいまで会食の予定がある。7、8人の集まりはもう無理であろうが、5人だったらどうする? 一人に欠席してもらうしかない。何だったら私が遠慮します……と今から気に病んでいる私だ。

 私はお店にキャンセル、というのをめったにしたことがない。もしするとしても、一ヶ月ぐらい前だ。ドタキャン、などというのは許されないことだと考えるのは、私が小商いの家の娘だからであろう。

 そういう人は他にもいて、仲のいい食いしん坊の女友だちからは、

「〇月×日、□□鮨、カウンター2席どう?」

「〇〇屋のテーブルで3席あるよ」

 とまるでダフ屋さんのように席の情報がくる。

 私も昨年、なかなか予約のとれないお店のカウンターを、何ヶ月も前から押さえていたのであるが、10日前ぐらいに、

「まことに申しわけないが、会社で会食禁止令が出たので」

 と招待客からキャンセルが入った。

 この方を接待するために用意した席だったので、私も行く気が失せてしまった。そしてどうしたかというと、弟と姪に行ってもらい、お店に頼んで請求書を送ってもらうことにしたのである。

 とにかく昨年は、いったい何回キャンセルされたことであろうか。そのたびに他のメンバーを募ったり、あるいは席を譲ったりした。

 私のようにフリーランスの人間と違い、企業に勤める人たちは、やはりルールはきっちり守らなくてはならない。いや、フリーランスの人間も、きっちりしている人は本当にちゃんとしている。

 食事に誘うと、

「今どきハヤシさんは、よくそんなことが出来るわねー」

 とかなり批判的なことを言われたこともある。そのたびに私ってやはりいい加減な人間なんだと落ち込む。

時空がふわふわする

 このコロナという厄災は、個人のパーソナリティをきっちりあぶり出すこととなった。

 友人の一人に、マスクはくだらない、という人がいる。約束の場所に来るのに、電車の中でもマスクをせず、皆から睨まれたそうである。それでもマスクをしたくない。

「そもそもウイルスというのは、マスクなんていう無意味なことをしても仕方ないものであって……」

 この後、かなり長くて専門的な話が続くので、ほとんど理解出来ない。

 そうかと思うと、

「政府の対応がなっていない、最低である」

 とがなり続ける友人もいる。

「でもうまくいっている国なんて、どこもないじゃない。コロナなんて初めてのことなんだから、すべてがうまくいくはずがないよ」

 などと言おうものなら、

「だからアンタは意識が低いんだ」

 と怒られ、この後長々と政治の話が続くのだ。

 そうかと思うと、田舎へ引越した人もいる。驚いたのは豪放な性格だと思っていた男性で、

「ほとんど外に出なくなった」

 という人がいた。バツイチで一人暮らしなので、食材は週1度、人のいない時間を見はからって、スーパーに行ってさっと買ってくるんだそうだ。仕事はリモートがほとんどなので、不自由はしないという。

 リモートも、好きな人とそうでない人とではっきり2つに分かれる。最近は文学賞の選考会も、希望者はリモートでもOK、というところが増えた。

 もちろんアナログ派の私は、リモートが好きでない。その場にいてちゃんと話したいと思う。それに見ていると、リモート参加の方は、議論が白熱していくと、口をはさむのが非常にむずかしくなっていく。その結果、発言力が弱くなっていく感じがするのだ。

 手書きにこだわる作家は、たいていリモートが好きではないと思う。

 講演会もリモートで、というところははっきり断る。どこで、どんな格好で聞いているかわからない人たちに向けて、何かを言うのは気が進まない。

 が、こんな私でも、「リモート対談」は案外いけると思った。一対一が条件であるが、リアルで会っている対談の4分の3ぐらいは、空気が再現出来ている。

 このあいだはカナダの学者さんとリモートで対談をした。もちろん通訳が入ったが、ウマが合ったというか、とても楽しい時間であった。

 私の仕事場と世界が繋がっている、という壮大な感触を持ったのは今回が初めてだ。コロナ禍って、時空が、ふわふわするって思いませんか。

イラストレーター=平松昭子

source : 週刊文春 2022年1月27日号

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