今週、一人の記者が証人として法廷に立ちました。小誌の記事に対して、抗議や謝罪訂正を求める文章が頻繁に来ることは、以前、ニュースレターで書いた通りです。ごく少数ですが、残念ながら提訴されることもあります。裁判が進行していくと、記事を書いた記者、あるいはデスクなど、記事の作成経緯を最も知る人間が証人として出廷することも珍しくありません。

 私も2回、証言台に立ちました。最初は記者の時。ある国会議員を巡るスキャンダルで、先輩記者をサポートするアシでしたが、二人とも証言台に立ちました。2回目はデスクとして。能年玲奈さん(現在・のん)と当時の所属事務所を巡るトラブルの記事でした。

 一番難しかったのは、証言する時は記事を書いてから何年もたっており、細かい時系列などを忘れていることです。当時のデータ原稿や取材メモ、記事を見ながら、記憶を喚起していきます。ただ、証言台に立つと、その紙を見るわけにはいきません。質問にすぐに答えられないと「いい加減な取材だった」と思われるのでは――。こちらが細かい点で間違えると、そこを突っ込まれるのでは――。この裁判は私の証言にかかっていると重圧を感じ、前日は眠れませんでした。

 いざ証言台に立つと、わざと大声を張り上げたり、こちらをバカにするような質問でわざと怒らせるような弁護士もいました。大手芸能事務所の顧問弁護士として知られる大物弁護士のことです

 今回、記者が証人として出廷した裁判は、実は小誌が訴えられたのではありません。「週刊文春」は、2019年にマタニティクリニックの違法堕胎疑惑を報じました。するとクリニックは、小誌ではなく、取材に協力して証言してくれた看護師たちを訴えたのです。取材協力者だけを訴えるというのはきわめて珍しいケースです。小社が弁護士を用意して、裁判費用も全額負担して裁判に臨むことにしました。裁判に慣れていない個人を狙い撃ちにする、取材協力者を潰すようなやり口がまかり通れば、今後、取材に協力してくれる人は減っていくからです。

 証人として出廷した記者は、弁護士事務所で二度、リハーサルを行い、取材資料を連日読み込んでいました。出廷を終えた彼女に聞くと、「ちゃんとできたと思います」。ただ前日に眠れたかと聞くと「1時間ほど・・・」。やはり、緊張したそうです。

 訴訟は弁護士費用、証言も含めた準備など負担は決して軽くありません。ただ、この負担を嫌がって「リスクゼロ」を目指せば、スクープや調査報道はできなくなります。そんなメディアに、告発してくれる人はいません。「週刊文春」では、「訴訟になるのは、書かれた相手が決めることだから仕方がない。ただ、裁判になっても勝てる取材をする」を基本方針に掲げています。

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source : 週刊文春