母の自慢だった信用金庫職員が立てこもり殺人犯になるまで

編集部コラム 第45回

「週刊文春」編集長
ニュース 政治

 1月27日に発生した埼玉県ふじみ野市の立てこもり事件は、翌28日、散弾銃を持った男が人質の医師を殺害するという悲劇的な結末を迎えました。28日は、金曜日。すでに前日の木曜日、記者たちには発注済みで、それぞれの案件をスタートしています。一報を聞いて、まずエース記者の投入を決めました。現場から「事件に強い記者を」との要望が。当然です。ただ、別の勝負ネタを振っていたり、ローテーション休みだったりと、すぐには投入できそうにありませんでした。

 事件は初動が大事です。発生直後は、ある種の興奮状態に入って話してくれた人たちが、メディアに同じことを聞かれるうちに話さなくなることはよくあります。そんな時、グラビア班のT記者のことが頭に浮かびました。T記者は入社4年目、特集班に在籍経験もあり、事件取材を得意としています。また、不思議とエース記者と組むと、いい成果を出すという相性のよさがありました。グラビア班デスクにお願いして、埼玉に入ってもらうことを決めました。エース記者に伝えると「え、Tをもらえるんですか」。そして、土曜日にはローテ明けで事件に強いM記者、冷静沈着な元新聞記者のO記者、新人で事件志望のH記者も追加投入し、陣容は整いました。しかし、取材は難航します。埼玉に来る前、渡辺宏容疑者(66)がどこで生まれ、どのような人生を送ってきたのか、それがわからないままだったのです。

 滅多なことでは動じないエース記者も「今回は厳しいかもしれません」。日曜日の夜の時点では、デスクも右トップの記事にする自信はなさそうでした。

 それが月曜日になって一気に動きます。局面を打開したのは、T記者とM記者でした。エース記者の情報をもとに東京の渡辺の自宅周辺で次々に重要証言を得ていきました。こうした事件取材では、一つ突破口が開くと次々に新たな事実が判明していきます。渡辺は、江戸川区の生まれであり、信用金庫に勤め、母にとって自慢の息子だったというのです。ところが、借金で身を崩して夜逃げ。銃の代金も踏み倒していたこともわかりました。

 母と息子は人目を避け、埼玉に移り住みます。自治会や長寿会などのイベントには一切参加しなかったそうです。孤立を深めていく中、高齢の母は次第に体調を崩していきます。母の病状にかかわる時、渡辺は医師たちに感情を暴発させるようになっていきました。そして、最愛の母が亡くなった時、事件は起きたのです。

 今回、活躍したT記者の所属するグラビア班は、こうした殺人事件の取材や張り込みもあれば、原色美女図鑑の撮影やグルメページなどまさに森羅万象を扱います。グラビア班の難しいところは、写真がないと成立しないところ。また、ページ数に限りがあり、せっかく現場に行って写真を撮っても誌面で使われるのは2、3点しかありません。そこで、電子版オリジナル・コンテンツとして、グラビア班発の写真ページを作っていくことにしました。4年目のT君、2年目のN君、O君(グラビア班に来て早々、車をぶつけた彼です)は毎週、日本全国を飛び回っています。彼ら「ズッコケ記者3人組 写真日記」を電子版オリジナルとして定期的に配信していきます。若手記者がどのように成長していくか、温かく、時に厳しく見守っていただければ幸いです。

「週刊文春」編集長 加藤晃彦

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source : 週刊文春

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