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渡辺裕之を悩ませた「社長」と「痛み」 4月の撮影で異変

「週刊文春」編集部
エンタメ 芸能

「ナベは家族愛の強い男なんだ。結婚した長女は近所に住んでいて、お孫さんを連れてよく遊びに来ていた。皆で自宅の庭でバーベキューを楽しんでいた笑顔が忘れられない。何でお孫さんを遺して……」

 俳優・渡辺裕之(享年66)との思い出を長年の友人は絞り出すようにこう語った。

今秋公開の『貞子DX』にも出演

 訃報がもたらされたのは5月5日。渡辺が自宅で縊死していたことを、彼と妻・原日出子の所属事務所が公表したのだ。渡辺の自宅は、横浜市の閑静な住宅街の一角にある。妻と次女、長男の4人で暮らしていた。

「渡辺さんは5月3日の午前中、自宅地下のトレーニングルームに入った。昼頃、原さんが食事の支度をして声を掛けようとしたところ、筋トレ器具の傍で倒れている渡辺さんを発見。救急車を呼んだが、既に心肺停止状態だった。ロープ状のもので首を吊っていたようです」(スポーツ紙デスク)

 地下室にはトレーニング器具以外にも、ドラムセットやゴルフ道具、ラジコンなどが置かれていた。愛用の品々に囲まれ、なぜ彼は自死を選んだのか――。

 渡辺は1955年、茨城県水戸市で生まれた。写真館を営む両親と弟、妹の5人家族。小学校時代から映画やテレビのスターに憧れていたと幼馴染は述懐する。

「裕之ちゃんは活発で、三輪車で競走していました。当時は『月光仮面』が流行った時代。マントを羽織り、月光仮面の真似をして塀から飛び降りていました(笑)」

 中学ではブラスバンド部でドラムに熱中。端整な顔立ちで女子の人気を集めた。商業高校を卒業後、拓殖大学に進む。独学の英語と独語を武器に在学中からルフトハンザ航空で働いた。

 遅咲きの芸能人生だった。前出のデスクが言う。

「23歳の頃に父が胃の手術で体調を崩したため、ルフトハンザを辞め、家業を手伝っていた。父の体調が回復すると、実家を出てCMモデルなどの仕事を始める。そして1982年、26歳で映画『オン・ザ・ロード』の主演に抜擢され、俳優デビューを果たすのです」

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source : 週刊文春 2022年5月19日号

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