先日、ある国会議員の選挙中の経歴詐称が発覚して、世間の話題となった。その議員は、過去の選挙公報に二つの大学の「非常勤講師」を務めたことを記していたが、実際には、その事実は無く、それらの大学に呼ばれて、わずかに講演をしたことがある、というだけだった。それだけでも十分に問題なのだが、その議員が所属する党の党首は、問題の議員をかばって、呆れたことに「1回でも報酬を得たのなら非常勤講師」と強弁したのだという。

 大学に職を得ている者として言わせてもらうと、この党首の主張はまったく成り立たない。日本中どこの大学でも、非常勤講師というのは「常勤や専任ではない講師」というだけでなく、大学のシラバス(講義概要)に授業担当者として記載され、試験などを通じて学生に対して単位認定の責任を負う講師のことを言う。1〜2回大学に来て、講演やスピーチを行っただけの人は、「非常勤講師」ではなく「ゲストスピーカー」などと呼ぶのが常識で、これを「非常勤講師」と称するのは、さすがに経歴詐称と言われても仕方ない。

 なんで僕がこんなことに目くじら立てているのかというと、歴史研究者にとって「非常勤講師」になれるかどうか、というのは、大学で専任職を得るための第一歩で、とくに若手のうちは、その経歴を獲得できるかどうかが、かなり重大な問題だからだ(もちろん大学教員ではなくても、とくに歴史学の場合、博物館・資料館の学芸員や小中高の教諭やアマチュアで、立派な研究をされている方もいるので、大学専任教員だけが研究者ではないことは、強く念押ししておきたい)。

 そこで、今回は大学の歴史教員になるためには、どんな苦労があるのかという、ちょっと笑えないお話。

 研究者になるためには、大学4年間の課程を卒業した後、一般に大学院に進学して、最低でも修士課程2年間、さらには博士後期課程の3年間の修練を積まなくてはならない(その期間、報酬などはなく、むしろ逆に学費を納める)。ところが、大学院生の数に比して、大学教員のポストは限られていて、理系・文系を問わず、数多くの優秀な大学院修了者が職にあぶれる、という事態が、もうずいぶん前から深刻化している。世に言う「若手研究者問題」である。

 とくに大学の専任教員になるためには、研究実績をあげなければならないのは当然なのだが、もう一つ、「教歴」というものが必要になる。どこの大学でも大学での授業経験が無い人を教員採用するのはリスクが高いので、採用時に大学での非常勤講師経験があることを条件にしていることが多いのだ。となると、非常勤講師経験が無い人は、どんなに優秀でも、永遠に大学の専任職は得られない、ということになる。

 では、非常勤講師になるにはどうすればいいか、というと、これが多くの場合、コネなのである。たまに非常勤講師でも公募をかける大学もあるが、そういうのに限って採用条件に「非常勤講師歴があること」という項目があったりする。非常勤講師歴が無いと、非常勤講師にもなれない。まったく冗談みたいな話だ。

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source : 週刊文春 2022年6月23日号