事件の一報が入り私はすぐに、いくつかの近代の要人暗殺を思い起こしました。中でも100年ほど前の1921年に起きた原敬首相暗殺事件ほど、状況が似ているものはないと考えるようになりました。

 戦争、疫病など外から来た不安――今まさに我々が体験していることが100年前の日本でも起こっていたのです。人心が動揺している隙間に暴力が入り込み、惨劇が生まれた状況は驚くほど酷似しています。

保阪正康氏

 一方で、動機に関して両事件は対照的です。近代日本で起きた暗殺事件は、いずれも、「社会を正すため」というもっともらしい目的が掲げられていました。しかし、今回の事件では、斬奸状のような犯行声明が存在せず、個人の一方的な恨みに起因するとみられます。

 今回の事件と100年前の原敬暗殺を比較し、何が同じで何が違うのか、近現代史の視点から事件の意味を探ってみたいと思います。

暗殺された原敬首相

 最初に注目したい背景は戦争です。2022年に生きる我々がウクライナで起きている戦争を見るのと同様に、100年前の日本人もヨーロッパで起きた第一次世界大戦の真っ只中にいました。日本は、連合国側として参戦し中国の山東半島のドイツ領を攻撃、さらに革命で共産主義国家になったソ連にも派兵をするなど積極的に戦争に参加しました(シベリア出兵は1922年まで続いた)。

 戦争が我々に与える心理的影響の一つは、「暴力の正当化」です。ウクライナ戦争で例えれば、私たちは複雑な要因は一旦排除し、ウクライナ=正義であり、ロシア=悪であるという単純な二元論で考えるようになっています。この考えの行き着く先は、「自分の正義を守るためには、暴力(武力)が必要」という結論です。

 実際に他国の脅威から身を守るためにドイツなど各国が軍備の増強をはじめ、日本でも岸田首相が防衛力の強化について言及しています。暴力の肯定は、国家に留まらず個人にも広がっていくものです。

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source : 週刊文春 2022年7月21日号