大学院1年目の秋、僕はある高校で社会科の非常勤講師をすることになった。ところが着任してみると、その高校の講師室は、食いっぱぐれた日本史研究者の吹き溜まりと化していた。生徒たちもヤンチャだったが、それ以上に同僚たちは、もっとクセの強い連中ばかりだった。
当時も今も歴史研究者が大学で得られるポストは限られていて、大学院を修了しても、そう簡単に大学の専任職にはありつけなかった。そんななか、なぜか、この高校は、僕たちのような立場の者を積極的に雇用してくれる奇特な学校だったのだ。
とはいえ、なかなか夢を叶えられずに燻っ(くすぶ)ていた僕らの日常は、けっこう荒(すさ)んでいた。学校の最寄り駅には昼からやっている居酒屋が何軒もあったので、午後3時頃に授業が終わると、空いているメンバーで駅前で飲むのは、ほぼ連日のこと。半日で授業が終わる土曜の午後なんか、昼から深夜まで時計の針がひと回りするまで飲んでいたりする。
酒席での僕らの会話は、だいたい日本史研究の将来に関する崇高かつ高尚な話題。であるはずもなく、「こないだの××の論文はヒドイ」とか、「〇〇が△△大学に就職するらしいぜ。△△大学も終わったな」とか、「□□が最近書いた新書、中身スカスカじゃん」とか、かなりヤバい毒気を含んでいた。ただ、あの頃のみんなの怒りは一様に、恵まれた環境にありながら怠惰あるいは不誠実な仕事をしている学者たちに向けられていて、最後はお互い「ああはなるまい」と締めくくられるのが常だった。その限りでは、あれは正しい怒りだったと思う。
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source : 週刊文春 2022年9月22日号