11月24日、一人の「愚か者」が逝った。酒と博打に溺れ、女を愛した無頼漢は多くを遺した。彼の小説で人生の哀愁を知り、エッセイで人情のなんたるかを学んだ――伊集院静さんがいなくなって淋しくてたまらない。
1984年、1組の男女が海辺のホテルでささやかに結納式を開いていた。新婦の夏目雅子はすでに国民的女優の地位に上り詰めていた。その隣で笑みを浮かべる長身の男は当時30代半ば。世に打って出るべく野心に燃えていた。
後に「最後の無頼派」と呼ばれる作家、伊集院静(本名・西山忠来)だ。
仲人を務めたのは、二人が当時通った鎌倉市内の寿司屋の夫妻。女将の三倉秀子が振り返る。
「当時の伊集院さんは作家として認められる前で、世間では“夏目雅子の夫”でした。『そんな自分ではいられない』というプライドや意地も感じる時期でした。雅子ちゃんは『鎌倉で作家一本でやっていきましょうよ』って願っていて、伊集院さんはいつも私たちに原稿を読ませた。『今日はここまで書けたんだ』って、明け方までずっと……」
カウンターに座った駆け出しの小説家はまだ知らない。やがて訪れる新妻の不幸も、自らが時代をつくる大作家になることも――。
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source : 週刊文春 2023年12月7日号