僕が酒を飲み始めたのは大学時代のことだが、思い返すと、あの頃は酒の味なんか分からず、ただコンパで酔って騒ぐためだけに飲んでいた気がする。ところが、大学を出て非常勤講師を務めた高校では、同僚たちはみな大酒飲み。日本酒の銘柄にもうるさく、そこでの8年間で、僕はひととおり酒について鍛えられた。
とくに社会科の長老の先生が越後村上の出身であったため、僕らが授業後に通っていた馴染みの居酒屋には、その先生のツテで当時はなかなか出まわっていなかった村上の銘酒“〆張鶴(しめはりつる)”が常備されていた。同僚たちは授業が終わると、この“〆張鶴”の雪・月・花のランクのうち一番安い「花」を飲むのを、一日終わりの無上の喜びとしていた。
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source : 週刊文春 2024年1月25日号